このたびドイツのメディア美学研究者イヴォンヌ・シュピールマンのヴィデオ論『ヴィデオ 再帰的メディアの美学』(三元社)の翻訳および監訳を担当しました。この書物は、ヴィデオというメディアのテクノロジー的基盤と美的表現の多様な展開を透徹した視点から論じた研究として、いまのところ類書のないヴィデオ研究の成果となっています。映像文化論やメディア研究では過去のメディアとしてお払い箱にされている感のあるヴィデオですが、映画映像やコンピューター映像とは明確に異なる独自の特性を持つ映像表現として、ヴィデオは独自の美学を発展させてきました。そうしたヴィデオのポテンシャルの考察は、デジタル/アナログの二元論や映画とコンピューターの二元論に対して批判的な視座を提供してくれます。その意味では、ヴィデオ研究者のみならず、デジタルメディアや映画の研究者にとっても興味深い研究だと言えるでしょう。

三元社のホームページ(目次を見ることができます。)

なお本書で論じられている映像作品へのリンクを集めたウェブサイトも同時に開設しました。このサイトで作品を実際に見ながら本書を読むと、一層、理解が深まると思いますので、こちらもご参照ください。

http://www.korpus.org/video/

 

大阪市立大学大学院文学研究科重点研究では、環境史家のヨアヒム・ラートカウ氏(ドイツ・ビーレフェルト大学名誉教授)を招聘してシンポジウムを開催します。広く一般に公開しますので、ご関心のおありの方はお気軽にご参加ください。パンフレット(PDF)

**シンポジウム概要**

「消え行く森、生まれ変わる森 –– 森の近代を問う」

日時:2012年1月29日(日) 10:30-17:00
会場:エルおおさか701号室
主催:大阪市立大学大学院文学研究科

報告者|報告題目
ヨアヒム・ラートカウ(ドイツ・ビーレフェルト大学名誉教授)
“Origins of sustainable forestry in Germany and Japan: A comparative and revisionist approach.”
安富歩(東京大学)・永井リサ(大阪大学)
「満州の森は消えた−−社会生態史の試み」
山田勇(京都大学名誉教授)
“Wise use of poor resources and mismanagement of rich resources: Comparative eco-resource utilization history in the tropic and the mountains.”
塚田孝(大阪市立大学)
「和泉地域の開発と村落の変容」

コメンテーター:水野祥子(九州産業大学)

*英語報告に関しては、通訳はありませんが日本語訳原稿ないし日本語訳要旨を配布いたします。

 

大阪市立大学文学研究科では、ドイツ・ビーレフェルト大学名誉教授ヨアヒム・ラートカウ氏によるレクチャーを下記の日程で開催します。一般の方の参加も歓迎しますので、ご関心をお持ちの方はお気軽にご来場ください。

Germany, Japan and the Atom: a Nuclear Approach to Comparative History
Prof. Joachim Radkau (Bielefeld University, Germany)

主催:大阪市立大学文学研究科重点研究
共催:大阪市立大学文学研究科インターナショナルスクール
日時:2012 年 1 月 31 日(火)18:30-21:00
場所:大阪市立大学文化交流センター(大阪駅前第2ビル 6 階)、大セミナー室

*参加費無料/事前申込不要/一般来聴歓迎
*使用言語:英語(ただし質疑応答には通訳がつきます。)

講演概要:日独両国の戦後史には目立った共通点がある。ともに破滅的な敗戦から立ち直り、「経済の奇跡」を経験し、ともに核保有を求めながら核保有国とはならなかった。両国は核をめぐって長く似たような歩みを経験してきた。ドイツでは当初「平和的な核」への熱狂は日本より大きかったが、その後核をめぐる論争は世界のどの国よりも熱を帯びて持続した。福島原発事故も、ドイツでは日本よりも大きな反響を呼んだように思われる。核エネルギーの歴史はパラドックスに満ちている。日独の相互比較から見えてくるものを考えたい。

講演者紹介: ヨアヒム・ラートカウ(Joachm Radkau)。原子力技術・産業史、環境史、森林史、技術史、マックス・ウェーバー研究で活躍中。環境史の大著『自然と権力』(海老根剛・森田直子 訳)がみすず書房より刊行予定。講演に関係する文献として「ドイツ反原発運動小史」(上)(下)(森田直子・海老根剛 訳)『みすず』599号(2011年11月号)、600号(2011年12月)がある。

講演会案内(PDF)

ラートカウ氏の原子力の社会技術史的研究については、こちらの拙訳およびこちらのエントリー()もご参照ください。

1月 112012
 

DOOM ! の主催する以下のイベントに参加します。
お題は『ニューイヤーズ・イブ』です。
事前申し込み不要です。お気軽にご参加ください。

cine club FABRIC ! 第3回
2012年1月18日(水) 19:00 open / 19:30- start
@ネミ屋酒店 大阪市福島区 7-11-51
参加費: 500円 + 1ドリンク代

詳細はこちら(DOOM ! Web Site)をご覧ください。

 

先月号に続いて、ドイツの環境史家ヨアヒム・ラートカウ氏の論考を『みすず』(12月号)に訳出しています(森田直子さんと共訳)。この後編では、1980年代から現在にいたる運動の展開が論じられています。キーワードは、緑の党、原子力と核武装、チェルノブイリ、最終処分地問題、新しい啓蒙などです。関心のある方はぜひ読んでみてください。

『みすず』12月号

なおラートカウ氏の主著『自然と権力』は来年早々にもみすず書房から刊行の予定です。

 

ドイツの環境史家ヨアヒム・ラートカウ氏が1983年に出版した大著 “Aufstieg und Krise der deutschen Atomwirtschaft 1945-1975″ の結論部分(「結論:研究成果といくつかの実践的帰結」)を著者の許可を得て翻訳掲載します。『みすず』(2011年11・12月号)に掲載された「ドイツ反原発運動小史」の関連文献としてお読みください。

『みすず』12月号の訳者付記にも書きましたが、この500頁を超える技術社会史的研究(『ドイツ原子力産業の興隆と危機』)は、研究省の議事録などの内部資料の分析、関係者への聞き取り調査(インタビュー)、そして原子力技術の細部の詳細な検討を通して、原子力技術の社会的形成過程を描き出しています。ラートカウ氏はそこで、原子力技術が政治、産業界、科学(アカデミズム)のあいだでどのように形作られていったのかを明らかにするとともに、「新しい啓蒙」としての反原発運動がいかにして原子力技術の潜在的リスクに反応し、原子力をめぐる議論を公共の場に開くことになったのかを分析しています。いまだ原発のエコロジー的正当化(地球温暖化対策としての原子力エネルギー)も再生可能エネルギーの推進もほとんど話題になっていなかった時代(チェルノブイリの事故もまだ起こっていませんでした)の研究ではありますが、今日にも通じる原子力技術の問題がすでに論じられていると同時にユニークな技術社会史の試みでもあるのでここに訳出する次第です。

なお英語やドイツ語では原子力エネルギーや原子力技術は通常、「核エネルギー」(nuclear energy、Kernenergie)および「核技術」(nuclear technology、Kerntechnik)と表記されます。これを「原子力(エネルギー/技術)」と呼ぶことは、すでに軍事技術との結びつきを見えにくくする婉曲的な表現であり、問題がないとは言えません。したがって、本稿では一貫してKernenergieを「核エネルギー」、Kerntechnikを「核技術」と訳していることを付記しておきます。

海老根剛

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Neue Beiträge zur Germanistik(ドイツ文学)130号の特集「群集と観相学/群集の観相学」(平野嘉彦責任編集)のために執筆した論文です。特集は近代の群集論を「ベンヤミン・モデル」と「カネッティ・モデル」に分類し、ドイツ語圏の作家・思想家を中心にそれぞれのタイプの群集論の歴史的展開を考察しています。
扱われている作家・思想家は、江戸川乱歩、萩原朔太郎、ルソー、ボードレール、ル・ボン、タルド、ポー、ホフマン、グリルパルツァー、ベンヤミン、デーブリーン、クライスト、ティリヒ、ガイガー、フェーデルン、フロイト、H・ブロッホ、カネッティなど。
学会誌としては(?)かなり充実した特集になっております。私は群集心理学の章を担当しました。

論文(PDF)

Zusammenfassung(PDF)

 

Eine Untersuchung über den Amerikanisierungsdiskurs und den Umwandlungsprozess des Amerika-Bildes im Zusammenhang mit der Diskussion über die Rationalisierung der deutschen Wirtschaft in der Weimarer Republik . (In: Neue Beiträge zur Germanistik, Band 5, Heft 1, 2006, Indicium Verlag, München.)

Die “deutsche” Rationalisierungsbewegung und der “Amerikanismus”.(PDF)

 

交通都市と欲望の迷宮
デーブリーン/ファスビンダーの〈べルリン・アレクサンダー広場〉
nobody #30 → Online Shop

1920年代末に始まったべルリン・アレクサンダー広場の改造計画の考察から出発して、アルフレート・デーブリーンとライナー・ヴェルナー・ファスビンダーが紡ぎ出した〈べルリン・アレクサンダー広場〉のイメージについて、都市空間/文学/映画の横断的関係に注目しつつ考えてみました。ご一読いただけると光栄です。

交通都市と欲望の迷宮 (PDF)

 

本論文は、20世紀前半のドイツ語圏において生み出された群集をめぐる思考の展開を考察する研究の一部です。ここでは、1920年代の中頃に形成された群集論の新たなパラダイムについて考察しています。
『表現文化』(大阪市立大学大学院文学研究科表現文化学教室) no. 2.、2007年に掲載。

論文(PDF、584KB)

 

nobody 33号(2010年)のエリック・ロメール追悼特集に寄稿しました。「sauvageなもの」(野生なもの)という観点から、ロメール作品に潜在する〈飼いならされざるもの〉の力を考察しています。主に論じられているのは、『レネットとミラベルの四つの冒険』、『聖杯伝説』、『緑の光線』、『グレースと公爵』の4作品です。なお、ウェブ掲載にあたって本文に若干の修正を加えています。

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11月号の「みすず」にて、現在のドイツを代表する環境史家であり、また国際的に見ても最もユニークな仕事をしている歴史家の一人でもあるヨアヒム・ラートカウ氏の論考を森田直子さんと訳出しています。このテーマに関心のある方はぜひ読んでみてください。
『みすず』11月号
来月には後編が掲載されます。
なおラートカウ氏の主著『自然と権力』は来年早々にもみすず書房から刊行の予定です。

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