4月 202018
 

このたび標題のタイトルを持つ論文を執筆しました。本論文は大阪市立大学都市文化研究センターによる研究プロジェクト「伝統芸能の近代化とメディア環境」の成果物です。

「弁天座の谷崎潤一郎 昭和初年の「新しい観客」をめぐる一試論」(PDF)

私は5年ほど前から、現在のメディア環境の中にある人形浄瑠璃のあり方に関心を持ち、少しずつですが研究を進めてきました。私の人形浄瑠璃への関心は、大きく言うと二つの問いに分けられます。ひとつは、今日のメディア環境に慣れ親しんだ観客に対して、現在の文楽専門劇場で上演される人形浄瑠璃は、いかなる視聴覚的経験を提供しているのかという問いであり、人形浄瑠璃という語り物の劇の視聴覚的構造をめぐるメディア美学的考察です。そして、もうひとつの問いは、そうした近代以降の視聴覚的メディア環境に慣れ親しんだ(そして義太夫の音曲的側面には疎遠な)観客の出現をめぐる歴史的考察であり、とりわけ近代の大都市とメディアの経験によって形作られる感受性(モダニティの感受性)を内面化した「新しい(無知な)観客」と人形浄瑠璃の出会いを跡づけることを試みています。

今回の論文は後者の問題関心に根ざした試論で、御霊文楽座焼失と四ツ橋文楽座の開場のあいだ、道頓堀の弁天座で文楽座が興行した昭和初年の数年間を、人形浄瑠璃の近代における重要な移行期とみなし、その当時姿を現しつつあった「新しい観客」と人形浄瑠璃との出会いをモダニティの観点から考察しています。本論では谷崎潤一郎を弁天座時代に人形浄瑠璃を発見した「新しい観客」の(必ずしも典型的ではない)一事例として検討しています。(ちなみに前者の問題関心に根ざした論文は、現在、適当な発表媒体を探し中です。)

追記 ファイルへのリンクを機関リポジトリに変更しました。(2018年6月6日)

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