1月 142020
 

NOBODY ベスト企画

海老根剛

2019年映画ベスト

『スパイダーマン:スパイダーバース』(ボブ・ペルシケッティ、ピーター・ラムジー、ロドニー・ロスマン)
『マーウェン』(ロバート・ゼメキス)
『王国(あるいはその家について)』(草野なつか)
『ワイルドツアー』(三宅晶)
『宮本から君へ』(真利子哲也)
『ホットギミック ガールミーツボーイ』(山戸結希)
『TOURISM』(宮崎大祐)

タイトルは順不同。「統計的超自我」が支配する社会に生きているからだろうか。外れ値と呼べるような作品にしか興味が持てなくなってきた。最終的に記憶に残るのは完成度の高い作品ではなく、バランスを欠いていたり不格好だったりしながらも、ある種の積極的な愚かさや野生に触れる作品である。『スパイダーマン:スパイダーバース』では、スパイダーマンというヒーローをめぐってこれまで織り上げられてきた数々の物語とそれらを作りあげた先人たちの仕事への深い敬意が、ヴィジュアルスタイルの革新性と固く結びついている。『マーウェン』は世界中で配給されるハリウッド映画でありながら、まるでアニメーションの個人作家の作品のような繊細さで視覚表現の冒険と内面的な経験の伝達を結びつけている。『王国(あるいはその家について)』の150分は、私が今年映画館で体験した最もスリリングな時間だった。三宅作品では完成度から言えば『きみの鳥はうたえる』だろうし、あれは見事と言うしかない作品だったけれども、見ていて心底動揺させられたのは『ワイルドツアー』のほう。『宮本から君へ』は主演の二人にとってキャリアハイの仕事ではなかろうか。愚かさを見つめるこの映画の眼差しは『タロウのバカ』のそれとは対極にあり、はるかに神代的である。初恋以上に愚かさと結びついた出来事があるだろうか。初恋は終わったときにしかそれとして認識されないのだから、すべからく暴走するしかない。その暴走をどのように演出し撮影し編集するべきか。『ホットギミック』はそれを徹底的に考え抜いていた。宮崎監督は一作ごとに自由になっている。『TOURISM』は2010年代に生じた空間と時間の感覚の変容を見事にフィクションに取り込んでいる数少ない作品のひとつだ。

 

2010年代映画ベスト

『アンジェリカの微笑み』(マノエル・ド・オリヴェイラ、2010年)
『天竜区奥領家大沢 別所製茶工場』(堀禎一、2014年)
『ハッピーアワー』(濱口竜介、2015年)
『アラビアン・ナイト』(ミゲル・ゴメス、2015年)
『ザ・ウォーク』(ロバート・ゼメキス、2015年)
『パターソン』(ジム・ジャームッシュ、2016年)
『息の跡』(小森はるか、2016年)

あらためてどんな映画があったのか振り返ったりせずに、上の文章を書いた後で思いついたのがこの7本。オリヴェイラをのぞくと、2014年から2016年の映画ばかりになってしまった。2012年から2019年まで安倍晋三は5回の国政選挙で圧勝し、2016年にはトランプが大統領選挙に勝利する。時代の潮目が変わり始めた時期の作品に何か感じるものがあるのかもしれない。『アンジェリカの微笑み』はこれぞ映画という作品。映画とは何かと問うならば、この作品を見ればよい。全編、映像論にして映画論。まったく同じことが『天竜区 奥領家大沢 別所製茶工場』にもあてはまる。人、動物、機械、物、自然。それらが響きあい、リズムを生み出し、ポリフォニックな宇宙を作り上げる。それらのあいだの多種多様な連結、アンサンブルが生成しては変化し消滅する。そこでは「カメラ+マイク+人間」というアンサンブルもまた、被写体である世界の多様なアンサンブルの一部でしかない。『ハッピーアワー』は『THE DEPTH』(2010年)から『寝ても覚めても』(2018年)にいたる濱口監督の2010年代の冒険に敬意を表して挙げておきたい。『アラビアン・ナイト』三部作は冒頭で述べた世界の変容と渡り合わんとする堂々たる野心に感動した。『ザ・ウォーク』はいまやすっかり下火になってしまった2010年代の3D映画の重要作だと思う。3D作品としては『ゼロ・グラヴィティ』(2013年)もあるが、アルフォンソ・キュアロンは『ROMA/ローマ』(2018年)で完全に僕の信頼を失ってしまった。『パターソン』を見たときに浮かんだのは decency という言葉。安倍晋三とトランプの時代にまっさきにゴミ箱に捨てられた何か。本作はもっとも政治的なジャームッシュ作品ではないか。『息の跡』を見ると大地がいまも揺れ続けていることを感じる。地震の衝撃は佐藤さんの魂と身体をいまも揺さぶり続けている。しかしそれは「生きている」ということそのものが振動し続けることだからでもある。この映画はそのことを僕に理解させてくれた。

 

その他ベスト

ちょっと簡単に思いつかないので、赤坂太輔氏の『フレームの外へ 現代映画のメディア批判』にだけ触れておきたい。この本を読み始めたときに「この本は映画の理論書でも映画史研究でもなく、「実用」の書だと思う。映像を作る人であれ、見る人であれ、日々映像に触れている人たちが(著者も想定していないような仕方で)徹底的に使い倒すべき書物だ」とTwitterに書いたが、読了してもこの感触に変化はない。たくさん付箋をつけながら読んだけれども、別にあとで論文に引用するためではないし、特定の作品について重要な指摘がなされているからでもない。赤坂氏がそこで論じているのとは別の映像と音響をめぐる考えがアタマの中で起動し、「使える」と感じたからである。こうした横断性こそ優れた批評の印であり、この本が正真正銘の批評家の書物であることに感動した。

 

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