Takeshi EBINE

12月 292011
 

nobody 33号(2010年)のエリック・ロメール追悼特集に寄稿しました。「sauvageなもの」(野生なもの)という観点から、ロメール作品に潜在する〈飼いならされざるもの〉の力を考察しています。主に論じられているのは、『レネットとミラベルの四つの冒険』、『聖杯伝説』、『緑の光線』、『グレースと公爵』の4作品です。なお、ウェブ掲載にあたって本文に若干の修正を加えています。

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12月 292011
 

11月号の「みすず」にて、現在のドイツを代表する環境史家であり、また国際的に見ても最もユニークな仕事をしている歴史家の一人でもあるヨアヒム・ラートカウ氏の論考を森田直子さんと訳出しています。このテーマに関心のある方はぜひ読んでみてください。
『みすず』11月号
来月には後編が掲載されます。
なおラートカウ氏の主著『自然と権力』は来年早々にもみすず書房から刊行の予定です。

12月 292011
 

2010年1月に横浜で開催された映画祭「未来の巨匠たち」で上映された桝井孝則監督作品『夜光』に拙文を寄せました。執筆・掲載が遅かったので紹介文としての役目はあまり果たせませんでしたが。映画祭のサイトがいつまであるのかわからないので、こちらにも転載しておきます。なお、上記サイト掲載のものとは若干表現の異なる箇所があります。『夜光』はまだこれからもきっと上映機会があると思いますので、その際にはぜひご覧ください。

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12月 292011
 

瀬田なつき監督の短編作品『あとのまつり』についてのエッセイをアップします。2010年3月13-14日に大阪で開催された映画祭〈Natsuki Seta Hours〉に合わせて発行されたパンフレットに寄稿したものです。パンフ掲載時の文章に加筆修正が加えられています。

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12月 272011
 

青山真治監督のサイコスリラーは映画についての考察であり、同時に『EUREKA』に直接つながる重要な実験でもあった。あまり論じられることのない青山作品についての批評的エッセイです。『路地へ』と『カオスの縁』にも触れています。初出は2001年です。

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12月 232011
 

“なぜ文化学は自然を対象領域のひとつとすべきなのだろうか? 古代ギリシア以来、「おのずからそこにあり、成長するもの」(physis)は、「みずからの存在を他の存在に負っているもの、この他の存在によって<措定される>もの」(thesei)から区別されてこなかっただろうか? 文化学と自然科学との近代的な区分は、自然と文化とを概念的に区別することによって準備されたのではなかったか? 文化学は自然を、それと物質的に関わりをもつ者たちに、つまり、自然科学者や技術者や農民たち等々にゆだねるべきではないだろうか? 科学の美徳である経済性という観点からいっても、文化学をこの自然という領域から解放し、負担を軽減してやることが賢明とはいえないだろうか? しかし、いくつかの理由からそうすることは不可能である。”

本論考は、ベルリン・フンボルト大学文化学研究所において文化理論担当教授を務めるハルトムート・ベーメ(Hartmut Böhme)氏が、2000 年に出版された文化学(Kulturwissenschaft)の入門書のために執筆した論文です。英米のカルチュラルスタディーズとは異なるアクセントを持つベルリン文化学の特徴のひとつである「自然の文化史」という主題系を簡潔に概観しています。
初出は『表現文化』(大阪市立大学大学院文学研究科表現文化学教室) no. 1、2006年 です。

自然の文化史(PDF)

12月 212011
 

ドイツのウェブ・マガジン『テレポリス』(Telepolis)の創刊5周年(2001年3月)を機に同誌に掲載された創設者によるテクストの翻訳です。インターネット普及の最初の5年間(1995-2000年)に起こった変容と5年目の現状の多面的な考察がなされています。boid に掲載された翻訳(2001年4月)の改訂版です(2003年6月掲載)。ちなみにテレポリスは2011年現在も健在です。

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