9月 082018
 

sousho102015年度に開催された大阪市立大学国際学術シンポジウム「文化接触のコンテクストとコンフリクト EU諸地域における環境・生活圏・都市」の発表と議論をもとにした論集が刊行されました。

本書では、トランスナショナルな人・モノ・情報の移動が常態化した世界のなかで、人々が場所と取り結ぶ関係が複雑化・複層化し、コミュニティが断片化していくとき、いかなる共生の可能性をなお見出すことができるのかを、「共同生活圏」という概念を切り口にして、歴史的な視野から考察しています。

私は第1部に収録されたヨアヒム・ラートカウ氏の講演「古い都市と森林 持続可能性の隠された諸起源」の翻訳と、第2部「〈合同生活圏〉 共生か敵対か?」の解題執筆を担当しています。

出版社ウェブサイト

ご関心のおありの方はお手に取っていただけると幸いです。

 

3月 062018
 

かつてドイツ学術交流会(DAAD)の「友の会」の年報『ECHOS』に寄稿した小文のことを思い出したので蔵出しします。

この年報はDAAD東京事務所開設30周年を記念して、DAADの給費留学生としてドイツの大学に留学した人が自身の留学体験を振り返るという体裁の文章が集められた小冊子ですが、そこで私はベルリン・ジャンダルメンマルクトで体験した出来事について書いています。私が群集という主題に取り組むことになったきっかけのひとつです。ご笑覧ください。

続きを読む

12月 272014
 

大学の授業で用いる教材として、アドルノの英語論文 "On Popular Music" を訳出しました。この論文はStudies in Philosophy and Social Science に1941年に発表された論文ですが、成立時期が『啓蒙の弁証法』の「文化産業」の章に近く、そこで論じられている主題の多くがここでも扱われています。しかもそれらの主題が特定の対象(「ポピュラー音楽」)に即してかなり具体的かつ詳細に論じられているので、『啓蒙の弁証法』の「文化産業」の章よりもアドルノの考えを理解しやすくなっています。さらに元々英語で発表されたためか、アドルノの文章としては異例なほど平明で、ストレートに書かれています。こうした点から学部生が文化産業論を学ぶには好適な文章です。(実はもうひとつアドルノが晩年に書いたRésumé über Kulturindustrie という文章もあるのですが未邦訳です。こちらもいずれ時間があれば訳出したいと考えています。)

周知の通り、この論文についてはすでに平凡社から翻訳が出ています。ただ残念ながら、そこでは非常に込み入った訳文になっており、原文の平明さが失われてしまっています。そこで今回、授業用に訳出する時間ができましたので、ここに公開する次第です。おそらく全国の大学には文化産業論やポピュラー音楽を講じる先生や、それについて学びたい学生がかなりいるのではないかと思い、ウェブ公開することにしました。ただし、著作権的に問題ありなのは明らかですので、著作権者から抗議があれば、公開は中止します。なお英語原文はこのサイトで全文公開されています。

ウェブ版ではアドルノが言及している音楽について、YouYube の動画へのリンクを埋め込んでいます。アドルノがこの論考を執筆したとき、どんな音楽が鳴っていたのかを垣間見れると思います。PDF版にはリンクはありません。
<追記>一部の楽曲へのリンク切れを修正しました。(2016. 01. 10)
<追記>訳文を一部手直ししました。(2016. 11. 14)
<追記>楽曲へのリンク切れを修復しました。(2018.11.13)

「ポピュラー音楽について」(ウェブ版、2016年11月14日一部修正)

「ポピュラー音楽について」(PDF版、2016年11月14日一部修正)  

1月 302014
 

私が運営に関わっている研究&若手派遣プログラムで研究会を企画しました。
ご関心をお持ちの方はお気軽にご参加ください。

第4回「合同生活圏研究会」セミナー

移動とアイデンティティ: 「移民文学」とトランスローカルな経験の諸相

日時:2014年2月22日(土)14時〜17時
場所:大阪市立大学文学部棟1階128室
※申込不要、入場無料

<プログラム概要>TranslocalImage 21世紀に入りますます進展するグローバル化とともに、かつて自明であった文化と場所との一義的な結びつきは急速に失われつつあります。ますます多くの人々が日々の生活のなかで「複数の場所との結婚」(ウルリヒ・ベック)を遂行し、多くの場所を移動しながら生活しています。そうした複数の場所との結びつきが生み出す対立や葛藤、アイデンティティの複雑化は、これまで移民文学の伝統的な主題でした。しかし、いまやそれが多くの人々によって共有される経験となる状況が生まれていると言えるでしょう。また他方では、グローバル化の進展がもたらした国民国家や国民文学という枠組みの相対化は、移民文学それ自体のあり方にも大きな変化を生じさせています。今回のセミナーでは、ドイツ語圏およびフランス語圏の移民文学を研究されているお二人の優れた研究者をお招きし、今日の移民文学が描き出すトランスカルチュラルな経験の諸相を議論します。

《続きを読む》

9月 222012
 

大阪市立大学文学研究科インターナショナルスクールでは、9月24日にCarol Symes 先生(イリノイ大学歴史学部准教授)によるレクチャーを共催します。どなたでも参加可能ですので、興味のある方はぜひいらしてください。

タイトル:Performance, Publicity, and Documentary Practices in Medieval Europe.
講師:キャロル・サイムズ(Carol Symes、イリノイ大学歴史学部准教授) IS11
講師紹介:イリノイ大学歴史学部准教授。専門はヨーロッパ中世史研究、情報メディアとコミュニケーション技術の歴史、中世演劇史。

レクチャー概要:紀元千年以後、西欧世界は「文書革命」とも呼びうる文書の爆発的増大を経験する。以後、生活のあらゆる分野に文字や文書が浸透していくことになるが、これによって従来のオーラル文化(歌謡、語り、祈り、説教など)は衰退することなく、むしろ新たな活力を獲得する。講演では、そうした文書化の進行によるオーラル文化の変容を、文書の生成過程とパフォーマンスに注目しつつ考察する。

日時  9月24日(月) 15時~17時30分
会場 大阪市立大学文化交流センター(梅田)小セミナー室
主催 西洋史学専修(世界史学教室)
共催 関西中世史研究会 、インターナショナルスクール
使用言語 英語(日本語解説あり)  

7月 062012
 

自然と権力このたびドイツの環境史家ヨアヒム・ラートカウの『自然と権力』をみすず書房から翻訳出版しました。ドイツ近代史家の森田直子さんとの共訳です。この日本語版では、ドイツ語初版(2000年)を底本にしつつ、英語版(2008年)でなされた主要な改訂も反映し、さらに日本の環境史を論じた一節と序言、あとがきを書き下ろしで収録しています。したがって、ほとんど改訂版に近い内容です。

"原子力、気候変動、食の不安、生殖のテクノロジー・・・。現在、いたるところで環境が政治の課題となり、人間の自然との関わりが権力の行使と結びついている。だが、自然と権力の結びつきは20世紀後半に初めて成立したのではない。本書は、多様な地域と時代をめぐり、グローバルな構造とローカルな特異性を照らし合わせながら、自然と権力の関係の歴史的展開を論じている。人間と自然のハイブリッドな諸結合の組織化、解体の過程を緻密に描き出し、環境への眼差を一新する環境史の試みである。"(裏表紙より)

エコロジストとアンチ・エコロジストを等しく挑発するラートカウの環境史を、ひとりでも多くの読者に味わっていただきたいと思います。

目次などの書籍情報はみすず書房のサイトをご覧ください。

本書を紹介する小文を以下に掲載します。ほぼ同じものが出版社のサイト(上記)にも掲載されています。

続きを読む

12月 232011
 

“なぜ文化学は自然を対象領域のひとつとすべきなのだろうか? 古代ギリシア以来、「おのずからそこにあり、成長するもの」(physis)は、「みずからの存在を他の存在に負っているもの、この他の存在によって<措定される>もの」(thesei)から区別されてこなかっただろうか? 文化学と自然科学との近代的な区分は、自然と文化とを概念的に区別することによって準備されたのではなかったか? 文化学は自然を、それと物質的に関わりをもつ者たちに、つまり、自然科学者や技術者や農民たち等々にゆだねるべきではないだろうか? 科学の美徳である経済性という観点からいっても、文化学をこの自然という領域から解放し、負担を軽減してやることが賢明とはいえないだろうか? しかし、いくつかの理由からそうすることは不可能である。”

本論考は、ベルリン・フンボルト大学文化学研究所において文化理論担当教授を務めるハルトムート・ベーメ(Hartmut Böhme)氏が、2000 年に出版された文化学(Kulturwissenschaft)の入門書のために執筆した論文です。英米のカルチュラルスタディーズとは異なるアクセントを持つベルリン文化学の特徴のひとつである「自然の文化史」という主題系を簡潔に概観しています。
初出は『表現文化』(大阪市立大学大学院文学研究科表現文化学教室) no. 1、2006年 です。

自然の文化史(PDF)

12月 212011
 

ドイツのウェブ・マガジン『テレポリス』(Telepolis)の創刊5周年(2001年3月)を機に同誌に掲載された創設者によるテクストの翻訳です。インターネット普及の最初の5年間(1995-2000年)に起こった変容と5年目の現状の多面的な考察がなされています。boid に掲載された翻訳(2001年4月)の改訂版です(2003年6月掲載)。ちなみにテレポリスは2011年現在も健在です。

本文を読む