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モデルニテからモデルネへ  --ベンヤミンによるボードレール--

2006-01-03 21:04 by Takeshi Ebine(海老根剛)
[studies] 

1938年に書かれたボードレール論 『ボードレールにおける第二帝政期のパリ』 の第三部、「モデルネ」と題された章のある個所で,ヴァルター・ベンヤミンは,このテーマを論じるおよそすべての文学研究者の顰蹙を買わずにはいないであろう次のような一文を書きつけている。「現代的芸術の理論は,ボードレールのモデルネについての見解の最も弱い点である」。(1) この断言が文学史的な常識に反しているのは言うまでもない。ボードレールのモデルニテ(現代性)とは,他のどこでもなくまさに「現代的芸術の理論」において,つまり,『現代生活の画家』と題されたエッセイにおいて定式化された概念なのだから。したがって,当然のことながら,ベンヤミンの断言は,それを含むテクストとともに,多くの批判を招き寄せた。それらの批判の代表的な例としては,ハンス・ローベルト・ヤウスのそれが挙げられる。彼はある重要な論文のなかで,「ベンヤミンの〈偏見〉は,『モデルネ』と題された章において,ボードレールによる現代的芸術の理論の核心,つまり1859年のコンスタンタン・ギースについてのエッセイ『現代生活の画家』が,ほとんど触れられぬままであるという点にすでに露見している」(2) と書いている。  

本論は,ボードレールをめぐるこの論争--ベンヤミンとヤウスのような文学史家との論争--に遅ればせながら参画しようとするものではない。そもそも,もしひとがモデルニテという概念の意味をそれが定式化されたテクストにおいて規定しようとするならば,この論争はいわば始まる前にすでに決着しているのだ。ベンヤミンが美術批評以外の場所にボードレールのモデルニテを見出そうとしている以上,彼がその探求の中で定式化したモデルネの概念が,ボードレールのモデルニテのそれと一致しないのは当然だからである。しかし,『ボードレールにおける第二帝政期のパリ』の第三章において私たちが見出すのは,実際には,テクストの真の意味の決定を目指す解釈学的過程とは根本的に異なる思考の過程である。本論の課題のひとつはこの思考過程を考察することであるが,それはベンヤミンがかつて「翻訳」と呼んだものに極めて近い。翻訳とは二つの異質な言語体系のあいだの関係であり,そこでは言語と志向対象との関係は二義的なものでしかない。したがって,必然的に,原作と翻訳との関係は再現的ではありえないのだが,翻訳はそれにもかかわらずその非対称的な関係性において原作に内在するある志向を明るみに出す。本論の目指すところをこのような翻訳の概念を用いて定義するならば,それは,『ボードレールにおける第二帝政期のパリ』の第三章において,モデルニテ(modernité) はいかにしてモデルネ(Moderne)へと翻訳されたのか,そしてベンヤミンのモデルネによってボードレールのモデルニテのいかなる側面が明るみに出されたのかを考察することだといえるだろう。

冒頭に引用した一節は,ベンヤミンがモデルニテの概念をボードレールの美術批評とは別の場所に見出していたことを示している。この「別の場所」とはもちろん,理論に対するものとしての作品であり,とりわけ『悪の華』の諸詩篇のことである。事実,ベンヤミンは「小さな老婆たち」と題された詩の一節に、モデルニテのアレゴリカルなイメージを見出す。モデルニテのモデルネへの翻訳がいかにしてなされたかを明らかにするためには,ベンヤミンによるこの詩の引用を考察することから始めねばならない。

ああ!あれらの小さな老婆たち、幾度私はその後をつけたことか! なかでも、あるひとり、沈む日が紅の傷口を いくつもつけて天を血まみれにする時刻、 想いに沈みながら、ひとり離れてベンチに坐り、 聴こうとしていたのは、兵士たちが、時おり、われらの公園に 波とあふれさせる、金管の音も高らかな、ああした野外演奏会、 それは、生命よみがえる心地のする、あれら黄金の夕べ、 都市に住む者の心に、若干の英雄的な気分(quelque héroïsme)を注ぐ音楽。(3)

この引用にたいして,ベンヤミンはつぎのように注釈する。

零落した農民の息子たちで編成された軍楽隊が、貧しい都市住民のためにメロディーを鳴り響かせ--ヒロイズムを放っている。そのヒロイズムは、それに付された「若干の」(quelque)という語のなかに、みずからがすり切れた見せかけだけのものであることをおずおずと隠しているが、まさにそのような身ぶりのゆえに真正なものであり、この社会からまだ産み出されうる唯一のヒロイズムである。この社会の英雄たちの胸の中には、軍楽のまわりに集まってくる貧しい人々の胸の中に場所を持たぬような感情はひとつもない。(WB576)

もし引用された詩句をその本来の文脈において,つまり「小さな老婆たち」という詩の文脈に忠実に読むならば,ベンヤミンの注釈は説得力を欠いた強引なものとみなされざるをえないだろう。ボードレールの詩においては,軍楽隊が「零落した農民の息子たちで編成」されているとは書かれていないし,軍楽を聴いている住民の貧しさがとりわけ強調されているわけでもない。さらに英雄のイメージについて言えば,ベンヤミンは軍楽隊の兵士たちに英雄を見出しているが,ボードレールの詩句の中ではむしろ音楽に耳を傾けている老婆こそがヒロイックな姿で描かれている。(4) しかし,すでに述べたように,このテクストの根底にあるのは,テクストの真の意味に到達することを目指す解釈学的過程ではない。この引用において問題になっているのは,詩篇の意味を明らかにすることではなく,詩篇に現れるイメージを他のテクストに由来するイメージとモンタージュすることによって、詩篇の意味をずらすことである。  

ベンヤミンのテクストにおいて「小さな老婆たち」の一節が引用される個所の前後を注意深く読むならば,私たちはその引用には別の二つの引用からとられた二つのイメージがモンタージュされていることに気づくだろう。一つは詩句の引用の直前の個所で触れられる,マルクスが描くナポレオン三世時代の零落した分割地農民のイメージである。ベンヤミンはマルクスから引用する。ナポレオンの時代には「〈軍隊は分割地農民の名誉であり,彼らは英雄になった。〉しかしいまやナポレオン三世のもとでは,軍隊は〈農村青年の精華ではなく,農村ルンペンプロレタリアートの泥沼の花である〉」。(WB575) また,詩句の引用に続く個所では,ボードレールの別のテクストからの引用のなかに,「工場の埃を呑み込み木綿屑を吸い込み,鉛白や水銀など,名品の製作のために必要なあらゆる毒物によって身体組織を侵された虚弱な住民たち」(WB576) の姿が浮かび上がる。ベンヤミンは、ボードレールの「小さな老婆たち」の引用において,詩句が提示する軍楽隊の兵士たちに,マルクスにおいて現れる零落した分割地農民の息子たちからなる軍隊の兵士たちのイメージを、そして、軍楽隊の音楽を聴きに集まってくる老婆をも含めた都市住民に、ボードレールがピエール・デュポンについてのテクストで描き出した都市の貧しい、病める住人たちの姿を、モンタージュしているのである。  

ボードレールの詩句の引用をひとつのモンタージュとして思考することによってのみ、それにたいするベンヤミンの注釈も正当に理解されうるものとなる。このモンタージュによって、困窮のなかにいる都市の住民たちを後景に配し、黄昏の光の中で、モデルネの英雄たち(軍楽隊の兵士たち)がその輪郭を際立たせて前景へと浮き上がって見えるひとつのアレゴリカルな画像--モデルニテのエンブレム--が構成されるのである。「こうして描かれる画像(Bild) に、ボードレールは彼固有のやり方でタイトルをつけた。彼はモデルニテという言葉をその画像の下に書きつけたのだ」。(WB577) ベンヤミンはこのように書いているが、実際には,彼が複数のイメージをモンタージュすることによってこの画像を構成したのであるから,ここで生起しているのはむしろ,ボードレールのモデルニテのベンヤミンのモデルネへの翻訳だというべきだろう。しかし,ある作品の翻訳が結局のところ翻訳者の作品ではないように,まさにこのモデルネの画像がボードレール自身の言葉から引き出されたものであることもまた確かなのである。  

私はボードレールの詩句から引き出されたモデルネの画像をエンブレムと呼んだが,それは,この画像の中にベンヤミンのモデルネ概念がいわば絵解きされているからである。まずベンヤミンはモデルネとヒロイズムとの関係を強調するのだが,この指摘自体は,モデルニテの美と現代生活の英雄性(hèroïsme) との密接な連関を想起するならば,ボードレールのモデルニテの概念から必ずしも逸脱した主張ではない。ベンヤミンのモデルネの画像は,モデルネの英雄のイメージを通して,モデルネの特性を次の三つの点で明らかにする。

第一に,モデルネとは美的な概念である。モデルネの英雄のイメージは本質的に美的である。モデルネの英雄たち(兵士たち)が困窮した都市住民を背景にして際立ってくるのは、彼らが本来、都市住民たちと同様に困窮に陥っている者(零落した農民)であるからである。英雄とはその困窮が浄化されることによって成立するイメージなのである。そして、公園で軍楽隊が放つヒロイズムが都市住民たちに浸透するとき,両者を政治的に対立させもする社会的諸関係は隠蔽されている。(5)

第二に,モデルネを担いうるのは,結局のところ,芸術家のみである。というのも、英雄のイメージの美的な性格は、現代生活の中にひそむ英雄性を見出し,それを現代的な美として表現する詩人(芸術家)こそが,モデルネの英雄であるということを示唆するからである。そして,この点もまた,ボードレールのモデルニテ概念のうちにすでに含まれていた。ボードレールは「現代生活の画家」コンスタンタン・ギースを「ダンディ」と呼んでいるが,ダンディスムとは,ボードレールにとって,「退廃の諸時代における英雄性の最後の輝き」 (CB1179) なのである。

たとえ若干の強調点の違いこそあれ,上述の二つの性格は,ボードレールのモデルニテ概念をも特徴づけるものであった。それに対して,その概念との差異ゆえに、私たちの考察にとって決定的に重要なのが、ベンヤミンのモデルネ概念の第三の特徴,すなわち,その概念に含意されている時間性である。モデルネの画像において,英雄たちが黄昏の光の中に浮かび上がるのは偶然ではない。というのも,モデルネとはベンヤミンにとって,英雄の黄昏だからである。ベンヤミンはボードレールのテクストに現れるモデルネの英雄のイメージを分析しながら,そこに絶えず古代からの時間的な隔たりの指標を見出している。たとえば,ボードレールが古代の英雄を引き合いに出しつつ現代のそれについて語る『1846年のサロン』の有名な一節は,「モデルネの黄昏の眺め」(WB580) として引用される。「現代の英雄が被っている皮すなわち燕尾服はといえば,…それもその美しさを,固有の魅力を持っていはしないだろうか? それは私たちの時代が必要とする衣装ではないだろうか? というのも,私たちの時代は苦しんでおり,痩せた黒い肩の上にいつも変わらぬ喪の象徴を荷っているのだから。」(WB580) モデルネの英雄は、何事かを成し遂げることもなく、ただ喪に服しているのである。したがって,モデルネの英雄としての詩人もまた,結局のところ、いまや不在の「古代の英雄のための席取人」(WB584) でしかない。つまり,ベンヤミンはモデルネの英雄を古代の英雄の没落形態として描いているのであり,モデルネをつねに古代と対置しながらひとつの時代として定義しているのである。(WB584)

まさにこの古代に対置される時代概念としてのモデルネの定式化こそ,ベンヤミンのモデルネをボードレールのモデルニテから区別するものである。なぜなら,ボードレールのモデルニテの概念は,もはや古代との対決においてみずからを定義するような時代概念ではないからである。ヤウスが指摘するとおり,「モデルニテという概念において表現されている時間的な,つかの間の美はみずからに固有の古代を生み出すがゆえに,現代的な芸術は,ボードレールの理論において,権威ある過去としての古代芸術なしで済ますことができる」。(6) モデルニテとは,みずからのうちに「永遠的なもの」を含む「一時的なもの,移ろいやすいもの,偶発的なもの」であり,このような「一時的なもの」の美が取り出される限りにおいて,現代的なものは古代的なものになりうる。つまり,いまや「永遠的なもの」は古代として「一時的なもの」(現代)に対立するのではなく,美の構成要素として,「一時的なもの」そのもののなかに見出される。そして,「昔の画家の一人一人にとって,一個ずつのモデルニテがあったのだ」 (CB1163) というボードレールの言葉からも明らかなように,このようなモデルニテの概念は限りなく「現在」あるいは「アクチュアリティ」の概念に近づく。それゆえ,ハバーマスは次のように指摘する。「モデルネの基準点になるのはいまやみずからを使い果たすアクチュアリティであるが,このアクチュアリティは,過渡期の持つ時間的広がり,つまり,近世(Neuzeit) の中心において構成された最も新しい時代(neueste Zeit) という概念が持つような--数十年の長さのある--時間的広がりを失っている。アクチュアルな現在は,その自己意識をもはや決して(…)過去の一形象 (Gestalt) との対立から手に入れることはできない。アクチュアリティはみずからをただ時間と永遠との交点としてしか構成できないのだ」。(7) ボードレールのモデルニテは,持続を欠いた真の現在,先行する何ものにもみずからの存在を負わないアクチュアリティとして定義される。

ではベンヤミンがモデルニテを古代と対置しつつ時代概念として規定したことは何を意味しているのだろうか。確実にいえることは,ベンヤミンによるモデルニテ概念の翻訳がが,ボードレールの芸術理論に対する「偏見」の結果ではないということである。そのことはベンヤミンがメリヨンとボードレールの都市像を比較している一節から確かめられる。「彼(=ボードレール)にとって,古代は,アテネが無傷のゼウスの頭から現れたように,無傷のモデルネから一挙に立ち現れるべきものであった。メリヨンは舗石ひとつ犠牲にすることなく,都市の古代的な相貌を浮かび上がらせる。このようなものの見方こそ,ボードレールがモデルニテを考えるときつねに追求していたものである」(WB590) とベンヤミンは書く。そして,彼が続いてパリの古代的相貌の描写として,ボードレールがメリヨンの作品について書いた次の一節を引用する時,古代的なものとはまさにモデルニテそのもののうちにのみ含まれる美であることが明らかになる。「大都市の自然な荘厳さがこれ以上の詩的な力を持って描き出されているのを,私たちはめったに見たことがない。積み上げられた石塊の持つ威厳,その持ち上げられた指先が天を指し示す教会の塔,煙の軍勢を蒼穹ににむけて吐き出す工業のオベリスク(…)--高価にあがなわれ,栄光に満ちた文明の舞台装置を構成する複雑な要素は,どれ一つとして忘れられていない」。(WB592) これはまさにモデルニテの真正な描写であり,それゆえに古代的なものでありうる。このような現代的なものと古代的なものとの関係が,ボードレールのモデルニテ概念に忠実であることは明らかであろう。(8) したがって,ベンヤミンによるモデルニテの時代概念(モデルネ)への翻訳は,ボードレールの理論の単なる誤読以上のものである。いまや私たちは,ベンヤミンによるモデルネの定式化が持つ批評的な意味を問わねばならない。

この批評的な意味を考察するための出発点もまた,ベンヤミンによるメリヨンの都市像の分析のなかに見出される。すでに確認したように,メリヨンの作品はボードレールが定義したモデルニテの美の要求を満たすものであったが,ベンヤミンはそこにもう一つ別の特徴を見出していた。それは,メリヨンの作品が直接に生きているもの(Leben) に倣って制作されているにもかかわらず,死んだもののような印象を与えるということである。(WB592) メリヨンがポン・ヌフを描いたみずからの作品に付した,「古い(vieux 年老いた)ポン・ヌフここに眠る…」という言葉で始まるアレゴリカルな詩は,この印象が作品の本質に通じていることを明らかにする。墓碑銘を模したその詩句は,都市のイメージのなかに決して現在など見出してはならないと警告する。つまり,メリヨンの都市のイメージは生ではなく死を,現在ではなく過去を提示するのである。ベンヤミンは,メリヨンの都市像を分析しながら,モデルニテのイメージのなかに刻み込まれた死の刻印に注意を喚起する。これは確かに注目に値する事態である。というのも,モデルニテとは本来,その定義からして生きた現在と関わるものであり,死者の回想ではなくその忘却こそモデルニテの本質だからである。

モデルニテがもはやいかなる過去との対決をも必要とせず,その真正性をただ自己の純粋な現在性から引き出す限りにおいて,モデルニテの精神は過去の忘却を要求する。回想は現在を過去と結びつけるが,現在が過去に自己の存在を負っているかぎり,現在は決してモデルニテの要求--真の新しさあるいは tabula rasa--を満たすことができないからである。「真の現在と呼ばれうるであろう一点,新しい出発を記しづける起源となる一点についに到達することを期待しながら,みずからより先に到来したあらゆるものを一掃しようとする欲望の形のうちに,現代性(modernity) は存する」(9) のである。過去の記憶から解放されていることが,芸術家がモデルニテの美を捕捉しうる条件となる。それゆえ,ボードレールは現代生活の画家ギースの天才を子供のような好奇心,記憶の圧制にいまだ服していないがゆえにすべてを新しさのうちに見る子供がもつような新鮮な知覚によって特徴づける。「この人(=ギース)を,一人の大人=子供,いつのときにも子供の頃の天才を,つまり生のいかなる様相も色あせては見えないような天才を身に備えた大人と,思っていただきたい」。(CB1159-60) ところで,ベンヤミンが分析するメリヨンの都市のイメージは,まさにボードレールがギースに認めているこの天才を疑問に付すのである。なぜなら,メリヨンの作品は,それに付されたアレゴリカルな詩句とともに,モデルニテそのものである同時代の都市をあらかじめ過去のイメージとして提示することによって,モデルニテの可能性そのものを問いただすからである。ここで私たちは,ボードレールが子供の天才をもつギースの作品を,別の個所では,「記憶の芸術」と呼んでいたことを思い出す。「彼(=ギース)は記憶によってデッサンし,モデルにたよらない」。(CB1167) ギースが追い求める現在の生は彼が描き出すイメージと同時的ではありえないのだ。だからこそ,ボードレールが描くギースの制作過程には,現在の生の混沌を飲み込む子供の知覚とそれに秩序を与える大人の記憶との闘争がつねに見出される。『現代生活の画家』において定式化されたモデルニテ概念の理論的な魅惑は,結局のところ,この闘争を和解させるところに,すなわち回想することと現在のただなかで生を経験することという,決して両立し得ない二つの契機を想像力の名のもとに和解させるところにある。しかし,ベンヤミンが分析するメリヨンの作品は,この和解が神秘化(Mystifikation)であることを密かに示唆しているのだ。

本論の冒頭に引用した一節において,ベンヤミンが,ボードレールのモデルニテの理論は不十分であると断言したことは,実はその理論に含まれるこのような神秘化と関わっている。ギースには現在を描くことができない。どんなに素早い手の動きをもってしても,現在は指先を掠めすぎていき,結局のところ,彼の手元に残るのは一片の過去だけである。過去を忘却しようとするモデルニテの衝動は,現在が過去に繋ぎとめられていることの発見に行き着くのである。こうして真にアクチュアルな現在としてのモデルニテの概念は疑問に付される。モデルニテを時代概念として定式化することは,モデルニテの理論の誤読ではなく,その理論による神秘化に抗して,モデルニテと過去との結びつきを再確認することなのである。いまやモデルニテと古代的なものとの関係は再定義されねばならない。しかし,ベンヤミンが主張するのは,この再定義を可能にするものこそ,まさにボードレールの詩篇なのだということである。ベンヤミンが時代概念としてのモデルネを『悪の華』のいくつかの詩から引き出したのは,まさにそれらの詩作品に,理論におけるのとはまったく異なるモデルネと古代との関係の形象化を見出したからである。

ベンヤミンはそのような作品群のなかでもとくに「白鳥」と題された詩を考察する。彼が指摘するように,この詩は本質的にアレゴリカルである。というのも,この詩の構造全体がアレゴリーによって規定されているからである。(10)

すでにアンドロマケーへの呼びかけに始まる冒頭の数行によって,セーヌ川と偽のシモイス川,ボードレールの詩篇とヴェルギリウスの叙事詩とのあいだに,アレゴリカルな重層構造が成立する。そして,「新しいカルーゼル広場」を横切りつつあった詩人は--いわばモデルニテの精神に反して--突然,失われたものへのメランコリックな回想にとらえられる。都市の風景は「不在」のイメージとして回想され,ついには一羽の白鳥のイメージがアレゴリーへと変貌するにいたる。ベンヤミンは,白鳥がアレゴリーとなり,無数のイメージの連鎖を開くこの瞬間,つまり詩の前半部から後半部への移行において,詩人を取り囲む現在のパリが生の活動性を失い,メリヨンの都市像のように,いわば死の擬態をとることを指摘する。「不断に運動しているこの都市は凝固する。都市はガラスのように硬く壊れやすいものになり,またガラスのように透明になる--すなわちその意味に対して」。(WB585-6) いまや詩人の眼前にある都市の「すべてがアレゴリーとなり」(CB82),パリは「脆さの比喩形象によって取り巻かれる」。(WB586) いまやアレゴリーと化した都市の光景が,詩の後半部を支配する他の多くのアレゴリカルな形象の連鎖(白鳥,アンドロマケー,肺病病みの黒人女…)を呼びさまさすのだ。

この詩において決定的に重要なのは,いま記述したようなイメージのアレゴリカルな重層構造において,モデルネと古代が--新しくできた広場を横切る詩人のモデルネとアンドロマケーの古代,あるいはモデルネのパリと古代の小トロイアが--相互浸透することである。モデルネと古代はそれぞれ,存在の脆弱さ,はかなさを寓意するアレゴリーとなることによってはじめて,出会うことができる。「最終的にかつ最も密接にモデルネが古代と結びつくのは,この脆弱さにおいてである」。(WB586) だが、「白鳥」において,この結びつきは、不可避的にアレゴリーの時間性によって規定されている。アレゴリーとは先行する他のアレゴリカルな記号に言及することによってのみ何かを意味することができる表現形式であるがゆえに,本質的に継起的な時間と結びついている。そして,ポール・ド・マンが指摘するように,そこには不可避的に否定的な契機が存在せざるをえない。というのも,アレゴリカルな記号は,それが反復しようとする先行する記号と--まさにこの記号の純粋な先行性ゆえに--決して一致することができないからである。「アレゴリーは、何よりもまずそれ自身と起源との間にある隔たりを明示し、その起源へのノスタルジーやそれと一体化しようとする欲望を断念しながら、その時間的な差異の空洞のなかにその言語を確立するのだ」。(11) 「白鳥」に現れるモデルネと古代との関係は,このようなアレゴリカルな時間性によって規定されている。モデルネの前に古代がその脆さにおいて現れるということは、それが決定的に失われてしまったものとして現れるということなのだ。

ベンヤミンがボードレールの理論的著作に欠けていると指摘した「断念」 (WB585) とは,まさにこのモデルネと古代とのアレゴリカルな関係性が詩句に強いるものである。「白鳥」において,モデルニテの都市がアレゴリーに変貌したとき,詩はモデルニテの理論を訂正している。ベンヤミンがモデルニテの理論を批判するのは,結局のところ,それがボードレールのアレゴリカルな詩が告げる知を否認しているからである。ボードレールの詩作品にあって理論に欠けているもの,それがアレゴリーなのだ。ベンヤミンがボードレールのモデルニテを時代概念としてのモデルネに翻訳したとき,そこに賭けられていたのは,ボードレールのアレゴリカルな詩句にひそむモデルネと古代とのアレゴリカルな関係性の認識であり,アレゴリカルなモデルネという概念の練り上げであった。 (日本学術振興会特別研究員)

(1) Benjamin, Walter: Gesammelte Schriften. Hrsg. von Rolf Tiedemann und Hermann Schweppenhäuser. Frankfurt a. M. (Suhrkamp) 1991, BandⅠ・2. [以下WBと略記し本文中に引用の頁数を示す。]
(2) Jaus, Hans Robert: Literaturgeschichte als Provokation. 6. Aufl. (Suhrkamp) 1979, S. 58.
(3) WB576. なおボードレールのテクストには、Baudelaire, Charles: Oeuvres complètes. (Edition Gallimard) 1961. [以下CBと略記し本文中に引用の頁数を示す。]を参照し、訳文には、阿部良雄氏の訳(『ボードレール全集』、阿部良雄訳、筑摩書房)を使わせていただいた。ただし、ベンヤミンによるドイツ語訳の引用では筆者が訳している。
(4) 引用された詩節に直接続く詩節を参照。CB85ff.
(5) この点から言えば,ベンヤミンのボードレール論のねらいの一つは,このモデルニテという美的な概念を社会的諸関係の中に置きなおして考察することであった。
(6) Jaus, Hans Robert: Literaturgeschichte als Provokation. S. 60.
(7) Habermas, Jürgen: Der philosophische Diskurs der Moderne. Zwölf Vorlesungen. (Suhrkamp) 1985, S. 18.
(8) 「およそ現代的なものが古代的なものとなる資格を得るためには、人間の生が意欲することなくそこにこめる、不可思議な美しさがそこから抽出されているのでなければならない」。(CB1164)
(9) de Man, Paul: Blindness and Insight. Essays in the Rhetoric of Contemporary Criticism. (University of Minnesota Press) 1983, S.148.
(10) Vgl. CB81ff. なお以下の「白鳥」の解釈は、阿部良雄氏の分析に示唆を受けていることを明記しておく。阿部良雄:『シャルル・ボードレール [現代性の成立]』(河出書房新社) 1995、384~387頁参照。
(11) de Man, Paul: Blindness and Insight. S.207

(初出: 『ドイツ文学』 105号、日本独文学会編、郁文堂、2000年秋)


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パレスチナのルントファールト--アモス・ギタイ論 自然の文化史 ―文化学の一領域― ハルトムート・ベーメ著(翻訳 海老根剛)