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cinema

若くあることと老いていること
三宅監督の『1999』についてのメモ

すでに5月。2月くらいからここまで猛烈に忙しい。頭はフルに使っているのでまったく退屈することはないけれども、映画について書く時間がなかなか取れない。とはいえ、あんまりなにもしないでいると批評の運動神経が鈍るので、三日前に見た三宅唱監督の作品について簡単に書いてみよう。 三宅監督が… 続きを読む »若くあることと老いていること
三宅監督の『1999』についてのメモ

『青山真治クロニクルズ』(リトルモア刊)に文章を寄せています

昨年3月に逝去した青山真治監督の人生と仕事を、監督本人と監督の人生と関わりのあった人々の言葉で再構成した書籍が出版されました。まだ全部読み通したわけではないですが、この本、本当にすごいです。映画本の傑作だと思います。この本のページをめくりながら様々な人々の言葉に触れていると、いつしか「青山真治」という固有名はひとりの実在した人間の身体に帰属することをやめ、多くの人々の思考と行動が形作るひとつの動的な布置、ひとつの星座であるかのように思えてきます。そしてこの星座は大きな星をひとつ失ったあとにも、監督の作品を見て、その言葉を読み続ける人がいるかぎり、また監督と作品に関わった人々のあいだの繋がりが続いていくかぎり、これからも形を変えながら存在し続けるのでしょう。

隔てる音と架橋する声 / 『ケイコ 目を澄ませて』

三宅唱監督の『ケイコ 目を澄ませて』(2022年)が音の映画であることはすでに各所で論じられているし、監督自身も音の重要性について語っているけれども、この映画の「音声」において、「音」と「声」が対極的とも言える機能を担っていることは、あまり語られていないように思う。私が映画館(い… 続きを読む »隔てる音と架橋する声 / 『ケイコ 目を澄ませて』

描出と再現(ミシェル・シオン)

授業で使用する教材として日本語に訳した文章を公開します。今回訳出したのは、ミシェル・シオン『オーディオ-ヴィジョン』(L’Audio-Vision)第1部・第5章にある「描出と再現」と題された一節です。ここでシオンは「描出」という概念に基づいて映画の音を再考しています。映像と音声の全面的なデジタル化の進展の初期に書かれた文章ですが、「実写」映画とアニメーション映画を区別することなく映画の音声を考察する視点を提示しており、映画映像のインデックス的リアリズムの再検討に対応する作業を音に関して行っていると言えるでしょう。

夢の映画、音の映画 /『はだかのゆめ』

『はだかのゆめ』(甫木元空監督)は、そのタイトルが示唆するように、夢の構造を備えている。この作品では、私たちが大雑把に「現実」と呼んでいるものの論理は骨抜きにされ、「ここ」と「あそこ」の隔たりも、現在/過去/未来の区別も、生きているものと死んでいるものとの差異も、生物と無生物の違… 続きを読む »夢の映画、音の映画 /『はだかのゆめ』

REPRE 46 に報告を書きました

2022年7月2日・3日に東京都立大学で開催された表象文化論学会第16回大会の大会報告を執筆しました。私が担当したのは、2日目の午前に開催された「開催校企画ワークショップ 映画理論の現在」です。当日は久しぶりの対面開催ということもあり、充実した登壇者の報告とディスカッションで会場は熱気に包まれました。

戸惑いをもたらす映画の豊かさ 
青山真治監督の仕事

7月31日に出町座で青山真治監督の「北九州サーガ」について話をすることになったので、7月はその準備のため、いま見ることのできる青山監督の長編作品を時系列に沿って順番に見直していた。  その作業は驚きの連続だった。「自分は当時、いったい何を見ていたのか」と愕然とすることが多かった。… 続きを読む »戸惑いをもたらす映画の豊かさ 
青山真治監督の仕事

「青山真治監督 北九州サーガ連続上映」@出町座でトークします

8月4日までの予定で京都・出町座で開催中の青山真治監督<北九州サーガ>特集が開催されています。今回新たにデジタル化された『Helpless』(1996年)、『EUREKA』(2000年)、『サッド ヴァケイション』(2007年)が連続上映されます。私は7月31日(日曜日)の『サッド ヴァケイション』の上映後にトークさせていただきます。

『MADE IN YAMATO』のパンフレットに文章を寄せました

5月28日より順次全国で公開されるオムニバス映画『MADE IN YAMATO』のパンフレットに短い文章を寄稿しました。竹内里紗監督の「まき絵の冒険」という作品について書いています。ふたりの女性に捧げられた素晴らしい作品です。このオムニバス映画については、どうも大和市を舞台にしているという企画性が強調されすぎているような気がするので、ごくシンプルに映画として魅力的な作品が結集していることを強調したいと思います。サイトスペシフィックな企画性だけで見られてしまうのでは、あまりにももったいない作品群です。ぜひご覧ください。

If One Thing Matters, Everything Matters. / 「まき絵の冒険」(『MADE IN YAMATO』)

ペドロ・アルモドバルの『グロリアの憂鬱』(1984年)は、とても印象的なクレーンショットからはじまる。この映画はマドリード市の東側、M-30と呼ばれる環状高速道路に隣接したコンセプシオン地区を舞台にしているが、カメラはまずそれほど大きくない広場で撮影の準備をしている映画のロケ隊を… 続きを読む »If One Thing Matters, Everything Matters. / 「まき絵の冒険」(『MADE IN YAMATO』)

最高にかっこいい映画監督

青山真治監督が亡くなった。私は監督に近い人からなんとなく状況を聞いていたので、心の準備をしながら最近の日々を過ごしていた。もしなにも知らずに訃報に触れていたならば、ほんとうに打ちのめされるようなショックを受けただろうと思う。もちろん喪失感は大きい。監督が boid マガジンに連載… 続きを読む »最高にかっこいい映画監督

〈いま〉と〈ここ〉の複層性への旅
『映画愛の現在』三部作(佐々木友輔監督)

新作であれ旧作であれ、映画館で作品が公開されるタイミングというのは、「映画が生まれつつあるいまこのとき」といった意味合いで語られる「映画の現在」とはほとんと関係がない。ある作品がある特定の時点に私たちのもとに届くのは、市場(資本主義)がそれを望んだからであって、作品に内在する何ら… 続きを読む »〈いま〉と〈ここ〉の複層性への旅
『映画愛の現在』三部作(佐々木友輔監督)