業績リスト

研究論文

「裂け目から裂け目へ(Benjamin)--思考と両義性あるいは翻訳と歴史にむかって」、詩・言語(第51号)、1996年、東京大学独語独文研究室詩・言語同人会

「第二帝政のエンブレム--ヴァルター・ベンヤミン『ボードレールにおける第二帝政期のパリ』について」、1998年(修士学位論文)

「Ou bien? --アラン・レネのための10章」、カイエ・デュ・シネマ・ジャポン(第24号)、1998年、勁草書房

「フィクショナル・シティ--マドリードの消滅と回帰」、カイエ・デュ・シネマ・ジャポン(第25号)、1998年、勁草書房

「パレスチナのルントファールト」、カイエ・デュ・シネマ・ジャポン(第27号)、1999年、勁草書房

「モデルニテからモデルネへ-ベンヤミンによるボードレール-」、ドイツ文学(第105号)、2000年、日本独文学会

Ekstasis. Zum Massendiskurs in der Weimarer Republik. In: Neue Beiträge zur Germanistik (2004 Band3, Iudicium München) 第45回ドイツ語学文学振興会奨励賞受賞

Die “deutsche” Rationalisierungsbewegung und der “Amerikanismus”. Zum Amerika-Diskurs der 20er Jahre in der Weimarer Republik. In: Neue Beiträge zur Germanistik (2006 Band5, Heft1, Indicium München)

「群集・革命・権力 −1920年代のドイツとオーストリアにおける群集心理学と群集論−」、ドイツ文学(第130号)、2006年、日本独文学会

「群集と〈交通〉 −ヴァイマル共和国中期における群集論の変容」、『表現文化』No. 2所収、2007年、大阪市立大学表現文化学教室

「忘我・交通・形象 ヴァイマル共和国時代のドイツにおける群集論の展開」(博士論文)、東京大学、2008年

When do we need art for the renewal of urban communities? Notes on the ambivalence of community-oriented art projects. In: 表現文化(第6号)、2011年、大阪市立大学表現文化学教室

「すれ違うふたつのメディア映像 −映画とヴィデオを再考する−」、『ASPEKT』45号所収、2012年、立教大学ドイツ文学研究室

Erfindung von “Girl”-Kultur. Eine vergleichende Betrachtung des Amerikanisierungsdiskurses der 1920er Jahren in Deutschland und Japan. In: Transkulturalität. Indentitäten in neuem Licht (2012 Iudicium Verlag München)

「エクセレンスの大学、人文学、都市 −大阪市立大学文学研究科のこの10年を文脈化する−」、『都市文化研究』(第17号)、2015年、大阪市立大学都市文化研究センター

「〈映画都市〉としのマドリード アルモドバルの初期作品における都市表象をめぐって」、『表現文化』No. 9 所収、2015年、大阪市立大学表現文化学教室

「群集の行動とディスポゼッションの理論 ヴァイマル共和国時代の群集表象の批判的再検討にむけて」、『表現文化』No. 10所収、2017年、大阪市立大学表現文化学教室

「「大衆をほぐす」− シアトロクラシーと映画(館)」、『a+a 美学研究』第12号所収、2018年、大阪大学美学研究室

「弁天座の谷崎潤一郎 昭和初年の「新しい観客」をめぐる一試論」、『伝統芸能の近代化とメディア環境』所収、2018年、大阪市立大学都市文化研究センター

Der Wandel von Kollektivbildern in der Weimarer Republik. Eine Imaginationsgeschichte der Masse und ihre Revision. In: Einheit in der Vielfalt? Germanistik zwischen Divergenz und Konvergenz. Muroi, Yoshiyuki (Hrsg.), Indicum Verlag, 2021, S. 321-327.

口頭発表

Ekstasis. Zum Massendiskurs in der Weimarer Republik. (2004年9月11日、科研「文学研究と〈記憶〉--ドイツ文学の場合」第四回研究発表会)

Die “deutsche” Rationalisierungsbewegung und der “Amerikanismus”. Eine Betrachtung zum Amerika-Diskurs der 20er Jahre in der Weimarer Republik. (Am 15. 3. 2005. beim 47. Kulturseminar in Tateshina)

「〈交通〉と大衆-1920年代中期における大衆の言説の変容」 (2005年10月1日、市大独文学会)

Erfindung von “Girl”-Kultur. Eine vergleichende Betrachtung des Amerikanisierungsdiskurses der 1920er Jahren in Deutschland und Japan. (Am 28. 8. bei der Asiatischen Germanistentagung 2008 in Kanazawa)

Protokoll der Kontingenz. Zu den Großstadtdiskursen im Jahre 1929 in Berlin und Tokio. (Thirty-Third Annual Conference of the German Studies Association, on Sunday, October 11, 2009, in Washington D.C., U.S.A.)

「コミュニティがアートを必要とするとき −アートによる都市コミュニティ再生の可能性−」 (2011年2月9日、大阪市立大学都市文化研究センター+釜山大学校民族文化研究所合同シンポジウム、大阪市立大学)

When do we need art for the renewal of urban communities? (The 9th Urban Culture Research Forum. “Arts Management – City Management: Models for Sustainable City Renewal and Cultural Continuity”, on March 3, 2011, at Chulalongkorn University in Bangkog)

「ヴィデオをめぐる二つの視点:ヴィデオと映画の関係の非対称性をめぐって」 (2011年11月26日、「ドイツ・メディア論の現在」、立教大学)

「ハンブルクにおける都市再生事業」(大場茂明との共同発表)(2012年3月4日、「<住みごたえのある町>を作る 映像で見るハンブルクのまちづくり」、大阪住まい情報センター)

「エクセレンスの大学、人文学、都市 –ドイツの議論を糸口に–」(2013年12月8日、「市大文学部と〈都市文化研究〉再考」、大阪市立大学)

「新即物主義の文学における〈歩くこと〉 アルフレート・デーブリーン『ベルリン・アレクサンダー広場』を事例として」(2016年3月31日、市大独文学会)

“Die Auflockerung der Masse”. Theatrokratie und Kino. (Symposium “Theatrocracy: Aesthetics and Politics of Spectator”, on September 11, 2017, at Osaka University in Japan)

「文楽とモダニティ 〈無知な観客〉の歴史のための予備的考察」(2018年2月1日、研究科プロジェクト「伝統芸能の近代化とメディア環境」、大阪市立大学)

「エリアス・カネッティ再考 『群集と権力』とヴァイマル共和国時代の群集論」(2019年3月31日、大阪市立大学ドイツ文学会、大阪市立大学)

パネル「ベルリン、大都市のポリフォニー 群衆の夢/個の記憶」コメンテーター(2019年7月7日、表象文化論学会第14回大会、京都大学)

Der Wandel von Kollektivbildern in der Weimarer Republik. Eine Imaginationsgeschichte der Masse. (am 27. 08. 2019. bei der Asiatischen Germanisten Tagung 2019 in Sapporo)

「都市/文学/群れ –– メディウムとしてのインフラストラクチャー」(2020年10月4日、大阪市立大学ドイツ文学会、大阪市立大学)

翻訳

「テレポリスの五年間」(フローリアン・レッツェアー、アルミーン・メドシュ著)、2001年4月、boid.net

「回想の歓待 竹村京の作品における保存することと刺繍することについて」(クヌート・エベリング著)、『竹村京 ベルリンにて 2000-2005』所収、2005年、タカ・イシイ・ギャラリー

「自然の文化史 文化学の一領域」(ハルトムート・ベーメ著)、2006年4月、『表現文化』No.1 所収、大阪市立大学表現文化学教室

「ドイツ反原発運動小史(上)(ヨアヒム・ラートカウ著)、2011年11月、『みすず』599号所収、みすず書房(森田直子氏との共訳)

「ドイツ反原発運動小史(下)(ヨアヒム・ラートカウ著)、2011年12月、『みすず』600号所収、みすず書房(森田直子との共訳)

『ヴィデオ 再帰的メディアの美学』(イヴォンヌ・シュピールマン著)、2011年11月、三元社(監訳、翻訳、柳橋大輔、遠藤浩介との共訳)

「ドイツ原子力産業の興隆と危機 1945-1975 − 結論:研究成果といくつかの実践的帰結」(ヨアヒム・ラートカウ著)、2011年12月、korpus.org

『自然と権力 環境の世界史』(ヨアヒム・ラートカウ著)、2012年7月、みすず書房(森田直子との共訳)

『ドイツ反原発運動小史 原子力産業・核エネルギー・公共性』(ヨアヒム・ラートカウ著)、2012年11月、みすず書房(森田直子との共訳)

「ポピュラー音楽について」(テオドール・W・アドルノ著)、2014年12月、korpus.org

「古い都市と森林 −持続可能性の隠された諸起源」(ヨアヒム・ラートカウ著)、『文化接触のコンテクストとコンフリクト 環境・生活圏・都市』(大場・大黒・草生 編)所収、2018年8月、清文堂

批評・論考

「映画の困難なパッサージュ --『イルマ・ヴェップ』について」、カイエ・デュ・シネマ・ジャポン(第21号)、1997年、勁草書房

「もはや思考しか残されていない-アルノー・デプレシャンによる<映画=世界>」、カイエ・デュ・シネマ・ジャポン(第22号)、1997年、勁草書房

「エリック・ロメールによる〈テクストの撮影〉--『O侯爵夫人』/『ペルスヴァル・ル・ガロワ 聖杯伝説』」、カイエ・デュ・シネマ・ジャポン(第26号)、1998年、勁草書房

「ダーレン・アロノフスキー、『π』」、カイエ・デュ・シネマ・ジャポン(第28号)、1999年、勁草書房

「映画を脅かす不可視の影:スタンリー・キューブリック、『アイズ・ワイド・シャット』」、カイエ・デュ・シネマ・ジャポン(第29号)、2000年、勁草書房

「玩具のモラル--ティム・バートン」、カイエ・デュ・シネマ・ジャポン(第30号)、2000年、勁草書房

「『EM EMBALMING』(青山真治監督)」、カイエ・デュ・シネマ・ジャポン(第31号)、2001年、勁草書房

「肌をめぐる変奏--モーリス・ピアラのために」、nobody(第8号)、2003年、nobody

「『復活』 / タヴィアーニ兄弟による愛の新世紀」、映画芸術(第405号)、2003年、映画芸術編集同人

「いかにして息子たちの音楽への愛は優しき父親の悲しみに屈したのか / 阪本順治監督 『この世の外へ クラブ進駐軍』 」、nobody(第11号)、2004年、nobody

「〈貧しきひと〉に導かれて--『神の道化師、フランチェスコ』(ロベルト・ロッセリーニ監督、1950年)」、nobody(第15号)、2004年、nobody

「High Seas Drifter--クレール・ドゥニ、『侵入者』」、nobody(第17号)、2005年、nobody

「ファスビンダー解禁!」、nobody(第20号)、2005年、nobody

「物語作者」、『道の手帖 ベンヤミン』所収、2006年、河出書房新社

「1900年頃のベルリンの幼年時代」、『道の手帖 ベンヤミン』所収、2006年、河出書房新社

「一方通行路」、『道の手帖 ベンヤミン』所収、2006年、河出書房新社

「映画と音楽の余白に リュック・フェラーリと『ある抽象的リアリストの肖像』」、映画祭『リュック・フェラーリ・フェスティバル −世界のざわめき、音の記憶』カタログ、2006年7月21日−23日、船場アートカフェ

「見えざるもののリアルな手触り ―Dowser(長嶌寛幸+寺井昌輝)のサウンドワーク」、boid PAPER No.3 、2007年、boid

「交通都市と欲望の迷宮 デーブリーン/ファスビンダーの〈べルリン・アレクサンダー広場〉」、nobody(第30号)、2009年、nobody

「〈新しい映画〉の速さについて 『あとのまつり』小論」、映画祭「Natsuki Seta Hours」パンフレット、2010年、DOOM!

「野生の映画/映画の野生」、nodody(33号)、2010年、nobody

「世界を未完成する魔法のプリズム」、boid paper No.11、2012年、boid

「アルモドバルのいる街角––映画に息づくマドリード」、『マドリードとカスティーリャを知るための60章』(川成洋/下山静香 編著)所収、2014年、明石書店

「ベルリン映画祭 −都市の歴史とともに−」、『ドイツ文化 55のキーワード』(宮田眞治、畠山寛、濱中春 編著)所収、2015年、ミネルヴァ書房

「美しき廃虚の前で」(アルノー・デプレシャン『あの頃エッフェル塔の下で』論)、nobody(44号)、2016年、nobody

「この世界を理解しないための長い助走」(『バンコクナイツ』論)、boid マガジン、2017年3月号第2週、2017年、boid

「「不実なる忠実さ」の系譜 --竹峰義和『〈救済〉のメーディウム--ベンヤミン、アドルノ、クルーゲ』(東京大学出版会)書評」、表象文化論学会編『表象』11号、2017年、月曜社

「映画川 『ありがとう、トニ・エルドマン』」、boidマガジン、2017年6月号第2週、2017年、boid

「映画川 『大和(カリフォルニア)』」、boidマガジン、2018年4月号第2週、2018年、boid

「観光客の惑星のピースフルな夜に」、『TOURISM』(宮崎大祐監督)パンフレット、2019年

「シンポジウム報告「コロナ禍の文化と表現」」、表象文化論学会ニュースレター REPRE Vol. 40、2020年

「大都市の発展と文学」、「映画館と野外映画」、『ドイツ文化事典』(編集代表 石田勇治)所収、2020年、丸善出版

「名前のない街、顔のない女 − 『VIDOEPHOBIA』試論」、boidマガジン、2020年、boid

インタビュー

「『百年の絶唱』はパッションの音楽である –– 井土紀州監督インタヴュー」、カイエ・デュ・シネマ・ジャポン(第22号)、1997年、勁草書房

「精密で野蛮な音楽機械: Dowser 長嶌寛幸インタビュー」、カイエ・デュ・シネマ・ジャポン(第25号)、1998年、勁草書房

「レネはすべてを理解してくれるんです:サビーヌ・アゼマ インタビュー」(共同)、カイエ・デュ・シネマ・ジャポン(第25号)、1998年、勁草書房

「恐れなき輝き ロランス・コート インタビュー」(共同)、カイエ・デュ・シネマ・ジャポン(第29号)、2000年、勁草書房

「映画監督という偶然 エミリー・ドゥルーズ インタビュー」(共同)、カイエ・デュ・シネマ・ジャポン(第29号)、2000年、勁草書房

「ありえない地点に立ち、ありえない帰還を…:青山真治インタビュー」、カイエ・デュ・シネマ・ジャポン(第31号)、2001年、勁草書房

映像制作

steg と歩くハンブルク / Spazieren mit steg in Hamburg(2010年、企画・撮影・編集・字幕)

イベント企画、レクチャー、通訳などの社会活動

「リュック・フェラーリ・フェスティバル-世界のざわめき、音の記憶」(映画祭企画、運営、カタログ編集)、船場アートカフェ、2006年7月21日-23日

「大恐慌を振り付けた男 −バズビー・バークリー」(レクチャー)、船場アートカフェ、2009年2月25日

「シネポリス:〈映画=都市〉の過去と現在」(レクチャー)、船場アートカフェ、2010年2月19日、24日

「大阪/ハンブルク リノベーション・ワークショップ」(企画、運営、総合司会)、大阪市立大学文化交流センター、2010年8月24日

「アーツマネジメント講座: レオニー・バウマン氏 レクチャー in 大阪」(司会、通訳)、船場アートカフェ、2010年12月20日

「Back to the Future:ビデオから見た映像の未来」(レクチャー)、船場アートカフェ、2011年2月18日

「アートが誘う街の魅力の再発見」(レクチャー)、大阪市立大学文化交流センター(6月ターム講座)、2011年6月21日

「ヴィデオ美学:テクノロジーからメディアへ」(通訳、パネラー) イヴォンヌ・シュピールマン講演、ディスカッション(伊奈新佑、森下明彦、海老根剛)、京都国立近代美術館、2011年11月12日

「スクリーンを通じてアピールする大阪の魅力」(座談会)、『OCT WAVE 』Vol. 25、2011年12月、大阪観光コンベンション協会

「シネ・ドライブ2012  特別上映 宮崎大祐監督『夜が終わる場所』」(アフタートーク)、第七藝術劇場、2012年3月16日

「small music – ロルフ・ユリウスのアートの世界」(通訳)、京都国立近代美術館、2012年4月7日

「Flag Art Exchange 2012 ドゥーニャ・エヴァース アーティスト・トーク」(通訳)、江之子島文化芸術創造センター、2012年5月23日

「すれ違うメディア映像の近過去・現在・未来」(レクチャー)、船場アートカフェ、2012年6月22日

「トーマス・シュルツの世界 サウンドアート・シンポジウム」(通訳)、ゲーテ・インスティチュート・ヴィラ鴨川、2013年11月2日

「文楽のオーディオ/ヴィジュアル 「見ること」と「聞くこと」のあいだで」(レクチャー)、大阪市立大学(上方文化講座)、2014年8月29日

「トークショー『ラジウム・シティ −文字盤と放射線・知らされなかった少女たち−』」(Phewさんと対談)、第七藝術劇場、2015年5月2日

「「合同生活圏」- 共生か敵対か?」(セッション司会)、2015年12月5日、国際シンポジウム「文化接触のコンテクストとコンフリクト」、大阪市立大学

「クラウス・ウィボニー レトロスペクティブ」(通訳)、2016年5月17日、同志社大学寒梅館クローバーホール

「アフタートーク『王国(あるいはその家について)』」(草野なつか監督との対談)、2019年2月24日、出町座

「【映画/批評月間】ジュリアン・ジェステール氏を迎えてのラウンドテーブル」、2019年4月7日、出町座

「語りとドラマ 人形浄瑠璃と映画が出会う場所」(レクチャー)、大阪市立大学(上方文化講座)、2019年8月22日

「Kulturprogramm: Filmabend “Das schweigende Klassenzimmer” mit Talksession」(対談)、アジアゲルマニスト会議、2019年8月28日、札幌教育文化会館

「アフタートーク『TOURISM』」(宮崎大祐監督との対談)、2019年9月8日、出町座

「アフタートーク『VIODEPHOBIA』」(宮崎大祐監督との対談)、2020年11月28日、京都みなみ会館

その他の短文記事

「君はこのフィルムを見たか? --『明るい場所』と『校門前行』を見る」、カイエ・デュ・シネマ・ジャポン(第21号)、1997年、勁草書房

「「語り」のジオポリティクス―河瀬直美の『萌の朱雀』について」、カイエ・デュ・シネマ・ジャポン(第22号)、1997年、勁草書房

「日本映画特集のストラテジー」、カイエ・デュ・シネマ・ジャポン(第23号)、1998年、勁草書房

「その後の黒沢清--『蛇の道』と『蜘蛛の瞳』」、カイエ・デュ・シネマ・ジャポン(第24号)、1998年、勁草書房

「眼差しの翻訳としての映画史--劉 文兵 著『映画のなかの上海』書評」、映画芸術410号、2005年、映画芸術編集同人

「千の声、千の眼差しがひとつになるとき」、Echo 22号、2006年、DAAD友の会

「夜光について」、2010年、映画祭「未来の巨匠たち」ブログ

「Palermo Shooting Making of …」(抄訳・注解)、『パレルモ・シューティング』公式カタログ、2011年、boid

「「合同生活圏」−共生か敵対か?」解題、『文化接触のコンテクストとコンフリクト 環境・生活圏・都市』(大場・大黒・草生 編)所収、2018年8月、清文堂