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Papers

Die gesellschaftskritische Interpretation eines Dichters
– Poetologische Operationen in der Baudelaire-Marx-Lektüre bei Walter Benjamin

ドイツ語で書いた論文がようやく刊行さました。この論文では、ヴァルター・ベンヤミンが1938年に執筆したエッセイ「ボードレールの第二帝政期のパリ」を取り上げ、そこでベンヤミンがボードレールの詩篇とマルクスのテクストをどのように読んでいたのかを考察しています。/ Mein neuer Aufsatz ist nun endlich erschienen. In … Read More »Die gesellschaftskritische Interpretation eines Dichters
– Poetologische Operationen in der Baudelaire-Marx-Lektüre bei Walter Benjamin

論集『「群集」を再訪する — ただしパトスなしに』が刊行されました

2024年秋に日本独文学会で開催されたシンポジウムにもとづく論集がオンライン刊行されました。同シンポジウムでは、2000年代以降に人文学諸分野で生じた群集(Masse)という主題の再浮上と、それに伴う19世紀末以来の群集をめぐる思考の枠組みの捉え直しに注目し、集団の行動 (ふるまい)に関する新たな知見も視野に収めつつ、今日的な視点から両大戦間のドイツ語圏の文… Read More »論集『「群集」を再訪する — ただしパトスなしに』が刊行されました

【刊行】『人形浄瑠璃の「近代」が始まったころ 観客からのアプローチ』

【第35回吉田秀和賞受賞】和泉書院から書籍を刊行しました。大正末期から昭和十年代にいたる人形浄瑠璃の歩みを観客史の観点から論じた著作です。タイトルが示す通り、演者や興行主ではなく、劇場で舞台を楽しんでいた観客たちの経験に注目して、人形浄瑠璃の「近代」の始まりを描き出しています。「古典芸能」を愛好する人はもちろん、「古典芸能」なるものに違和感(胡散臭さ)を感じ… Read More »【刊行】『人形浄瑠璃の「近代」が始まったころ 観客からのアプローチ』

「無知な観客」の誕生
四ツ橋文楽座開場後の人形浄瑠璃とその観客

本論文の主題は、昭和5年1月の四ツ橋文楽座の開場前後に生じた人形浄瑠璃を取り巻く環境の変化を観客という観点から考察することです。本論文では、四ツ橋文楽座の開場とともに出現した新しい観客たちを「二重の無知」によって特徴づけられる観客として定義したうえで、彼がどのように人形浄瑠璃の舞台に向き合ったのかを三つの観点から検討しています。 本論文は人形浄瑠璃の近代を観… Read More »「無知な観客」の誕生
四ツ橋文楽座開場後の人形浄瑠璃とその観客

弁天座の谷崎潤一郎 
昭和初年の「新しい観客」をめぐる一試論

本論文は大阪市立大学都市文化研究センターによる研究プロジェクト「伝統芸能の近代化とメディア環境」の成果物です。 本論文の根底にある問題関心は、近代以降の視聴覚的メディア環境に慣れ親しんだ(そして義太夫の音曲的側面には疎遠な)観客の出現をめぐる歴史的考察であり、とりわけ近代の大都市とメディアの経験によって形作られる感受性(モダニティの感受性)を内面化した「新し… Read More »弁天座の谷崎潤一郎 
昭和初年の「新しい観客」をめぐる一試論

「大衆をほぐす」ー シアトロクラシーと映画(館)

大阪大学美学研究室が企画・編集している学術誌『a+a 美学研究』(第12号)に論文を寄稿しました。本号の『a+a 美学研究』では、「シアトロクラシー 観客の美学と政治学」という標題のもと、思想、演劇、オペラ、映画、アートにおける観客の問題を考察する刺激的な論考が集められています。本論文では、従来、演劇との関係で議論されることの多かったシアトロクラシーの問いを… Read More »「大衆をほぐす」ー シアトロクラシーと映画(館)

群集の行動とディスポゼッションの理論
ヴァイマル共和国時代の群集表象の批判的再検討にむけて

このたび大学の紀要に「群集の行動とディスポゼッションの理論 −ヴァイマル共和国時代の群集表象の批判的再検討にむけて−」というタイトルの論文を執筆しました。これは私が従来から取り組んでいるヴァイマル共和国時代の群集をめぐる言説史的研究に関連し、その理論的枠組をアップデートするために書かれたものです。近年、世界各地の都市で展開した新しいタイプの抗議運動を背景とし… Read More »群集の行動とディスポゼッションの理論
ヴァイマル共和国時代の群集表象の批判的再検討にむけて

〈映画都市〉としてのマドリード 
アルモドバルの初期作品における都市表象をめぐって

本論文では、スペインの映画作家ペドロ・アルモドバルの二本の初期作品に描かれる都市の表象を「映画都市」(cinematic city)の観点から考察しています。 「映画都市」とは、映画における都市表象の研究において、特に2000 年以降盛んに議論されるようになった概念ですが、映画と都市との多面的な結びつきを考えるにあたって有益な観点を提出しています。 この論文… Read More »〈映画都市〉としてのマドリード 
アルモドバルの初期作品における都市表象をめぐって

エクセレンスの大学、人文学、都市

このたび『都市文化研究』第17号に標題の論文が掲載されました。これは大阪市立大学文学部創立60周年記念シンポジウム「市大文学部と〈都市文化研究〉再考」で行った発表をベースにした論考です。大阪市立大学文学研究科(文学部)における「都市文化研究」への重点化の歩みをグローバルに進行する高等教育の構造変化と人文学の危機という文脈の中で考察しています。「エクセレンスの… Read More »エクセレンスの大学、人文学、都市

すれ違うふたつのメディア映像
−映画とヴィデオを再考する−

イヴォンヌ・シュピールマンの『ヴィデオ 再帰的メディアの美学』(三元社)の翻訳刊行に合わせて、2012年に立教大学ドイツ文学研究室の学術誌『Aspekt』に寄稿した論考です。ここでは近年のデジタル映像をめぐる議論におけるヴィデオ(ヴィデオアート)の欠落を指摘したうえで、映画とヴィデオにおける自己反省の形式の違いをゴダールとスタイナ・ヴァスルカの作品の比較を通… Read More »すれ違うふたつのメディア映像
−映画とヴィデオを再考する−

Erfindung von „Girl-Kultur“
Eine vergleichende Betrachtung des Amerikanisierungsdiskurses der Zwischenkriegszeit in Deutschland und Japan

In diesem Aufsatz geht es um eine komplexe, kulturspezifische Dynamik der “Amerikanisierung”. Im Aufsatz soll eine vergleichende Betrachtung der Amerikanisierungsdiskurse in Deutsc… Read More »Erfindung von „Girl-Kultur“
Eine vergleichende Betrachtung des Amerikanisierungsdiskurses der Zwischenkriegszeit in Deutschland und Japan