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Wortfetzen

「天下」を降りた男
『黒牢城』の反-政治

目下、黒沢清監督は新たな黄金期の真只中にいる。そう感じているのは私だけではないだろう。この黄金期は『モダンラブ・東京』の第5話から始まった。『スパイの妻』も含めて2010年代の作品を思い返してみると、初見では面白いのに、見直してみると意外なほど退屈する作品が多かった(例外は『岸辺の旅』と『旅のおわり世界のはじまり』)。それに対して「彼を信じていた十三日間」以… Read More »「天下」を降りた男
『黒牢城』の反-政治

文楽の「普通の新作」
『まちの灯』雑感

 今年の国立文楽劇場の夏休み公演では、夜の部で新作浄瑠璃『まちの灯』が上演された。近年の国立文楽劇場の公演でチケットが売切れることはまずないのに、『まちの灯』では日に日にお客さんが増えていき、最後の二日間は満員札止めになったそうである。私も8月初めに見に行ったが、後方の座席までお客さんで埋まっていて、とても盛り上がっていた。文楽が「まちの話題」になっていた感… Read More »文楽の「普通の新作」
『まちの灯』雑感

『ナミビアの砂漠』のフレーム

いくつか書いておきたいことがあったのに、諸々の雑事にかかずらっているうちに、あっという間に年度末になってしまった。すでに完全に時機を逸しているとはいえ、書かないままにしておくのも気持ちが悪いし、すぐに古びる作品でもないと思うので『ナミビアの砂漠』についてメモしておきたい。 私が最初に見た山中瑶子監督の作品は『あみこ』(2017年)だった。わりと退屈したのを覚… Read More »『ナミビアの砂漠』のフレーム

2024年版『蛇の道』雑感
黒沢作品の現在についてのメモ

先日の出町座でのトークでも少し話したけれど、黒沢清監督の近年の作品は、あからさまな「反復」の印のもとにある。蒼井優に始まり(『贖罪』第一話、2011年)蒼井優で終った(『スパイの妻』、2020年)10年間の黒沢作品が、一見、じつに多彩で自己反復を拒否するかにみえながら、ときに抑えがたい既視感を観客に抱かせるものだったのとは対照的に、『モダンラブ・東京 彼を信… Read More »2024年版『蛇の道』雑感
黒沢作品の現在についてのメモ

文楽座東京公演の照明と国立劇場の現在

2024年9月に新国立劇場で開催された文楽鑑賞教室はなかなか興味深いものだった。忘れないうちにメモしておきたい。今回、わざわざ東京の公演を見に行ったのは、二つの理由からだった。ひとつは、会場が現代演劇で使われるブラックボックスの劇場(The Pit)だったこと。もうひとつは、新作ではなく古典の演目で従来とは異なる照明の使用が試みられているらしいという噂が耳に… Read More »文楽座東京公演の照明と国立劇場の現在

新しい始まりの予感
『違国日記』

 前回のポストからあっという間に一年以上経ってしまった・・・。去年の5月からのおよそ1年間は、本を書く作業に注力していた。テーマは人形浄瑠璃の観客史で、昭和初年の大阪に登場した新しい観客たちに注目することで人形浄瑠璃の「近代」に新たな角度から光を当てることを試みている。傍目からは突拍子もない企てのようにみえるかもしれないけれど、過去十年にわたって進めてきた研… Read More »新しい始まりの予感
『違国日記』

若くあることと老いていること
三宅監督の『1999』についてのメモ

すでに5月。2月くらいからここまで猛烈に忙しい。頭はフルに使っているのでまったく退屈することはないけれども、映画について書く時間がなかなか取れない。とはいえ、あんまりなにもしないでいると批評の運動神経が鈍るので、三日前に見た三宅唱監督の作品について簡単に書いてみよう。 三宅監督が中学三年の時に作ったという『1999』のことである。この作品はかなり有名で、これ… Read More »若くあることと老いていること
三宅監督の『1999』についてのメモ

隔てる音と架橋する声 / 『ケイコ 目を澄ませて』

三宅唱監督の『ケイコ 目を澄ませて』(2022年)が音の映画であることはすでに各所で論じられているし、監督自身も音の重要性について語っているけれども、この映画の「音声」において、「音」と「声」が対極的とも言える機能を担っていることは、あまり語られていないように思う。私が映画館(いつもの出町座!)で見て気づいたことを簡単にメモしておきたい。  観客にとって、こ… Read More »隔てる音と架橋する声 / 『ケイコ 目を澄ませて』

夢の映画、音の映画 /『はだかのゆめ』

『はだかのゆめ』(甫木元空監督)は、そのタイトルが示唆するように、夢の構造を備えている。この作品では、私たちが大雑把に「現実」と呼んでいるものの論理は骨抜きにされ、「ここ」と「あそこ」の隔たりも、現在/過去/未来の区別も、生きているものと死んでいるものとの差異も、生物と無生物の違いも、すべてが曖昧になり、繋がり合い、混ざり合ってしまう。そうした夢の映画の作り… Read More »夢の映画、音の映画 /『はだかのゆめ』

戸惑いをもたらす映画の豊かさ 
青山真治監督の仕事

 7月31日に出町座で青山真治監督の「北九州サーガ」について話をすることになったので、7月はその準備のため、いま見ることのできる青山監督の長編作品を時系列に沿って順番に見直していた。  それは驚きの連続だった。「自分は当時、いったい何を見ていたのか」と愕然とすることが多かった。『こおろぎ』のように比較的最近に映画館で上映された作品や『名前のない森』のようにお… Read More »戸惑いをもたらす映画の豊かさ 
青山真治監督の仕事

If One Thing Matters, Everything Matters. / 「まき絵の冒険」(『MADE IN YAMATO』)

ペドロ・アルモドバルの『グロリアの憂鬱』(1984年)は、とても印象的なクレーンショットからはじまる。この映画はマドリード市の東側、M-30と呼ばれる環状高速道路に隣接したコンセプシオン地区を舞台にしているが、カメラはまずそれほど大きくない広場で撮影の準備をしている映画のロケ隊をやや俯瞰気味のロングショットで映し出す。このカメラはゆっくりと下降しながら右方向… Read More »If One Thing Matters, Everything Matters. / 「まき絵の冒険」(『MADE IN YAMATO』)

最高にかっこいい映画監督

青山真治監督が亡くなった。私は監督に近い人からなんとなく状況を聞いていたので、心の準備をしながら最近の日々を過ごしていた。もしなにも知らずに訃報に触れていたならば、ほんとうに打ちのめされるようなショックを受けただろうと思う。もちろん喪失感は大きい。監督が boid マガジンに連載していた日記を少しでも読めば誰にでもわかるように、現在の日本における最大級の映画… Read More »最高にかっこいい映画監督