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戸惑いをもたらす映画の豊かさ 
青山真治監督の仕事

7月31日に出町座で青山真治監督の「北九州サーガ」について話をすることになったので、7月はその準備のため、いま見ることのできる青山監督の長編作品を時系列に沿って順番に見直していた。  その作業は驚きの連続だった。「自分は当時、いったい何を見ていたのか」と愕然とすることが多かった。… 続きを読む »戸惑いをもたらす映画の豊かさ 
青山真治監督の仕事

If One Thing Matters, Everything Matters. / 「まき絵の冒険」(『MADE IN YAMATO』)

ペドロ・アルモドバルの『グロリアの憂鬱』(1984年)は、とても印象的なクレーンショットからはじまる。この映画はマドリード市の東側、M-30と呼ばれる環状高速道路に隣接したコンセプシオン地区を舞台にしているが、カメラはまずそれほど大きくない広場で撮影の準備をしている映画のロケ隊を… 続きを読む »If One Thing Matters, Everything Matters. / 「まき絵の冒険」(『MADE IN YAMATO』)

最高にかっこいい映画監督

青山真治監督が亡くなった。私は監督に近い人からなんとなく状況を聞いていたので、心の準備をしながら最近の日々を過ごしていた。もしなにも知らずに訃報に触れていたならば、ほんとうに打ちのめされるようなショックを受けただろうと思う。もちろん喪失感は大きい。監督が boid マガジンに連載… 続きを読む »最高にかっこいい映画監督

近松という参照点:『人間浄瑠璃』雑感

苦節30年、いよいよ本当に開館した大阪中之島美術館で、森村泰昌&桐竹勘十郎による『人間浄瑠璃 新・鏡影奇譚』を見てきた。私は近代の人形浄瑠璃の観客史に関心があり、大正から昭和までの資料を調べ、論文も書いているが、研究関心の消失点をなしているのは、リアルタイムで進行中の人形浄瑠璃の… 続きを読む »近松という参照点:『人間浄瑠璃』雑感

〈いま〉と〈ここ〉の複層性への旅
『映画愛の現在』三部作(佐々木友輔監督)

新作であれ旧作であれ、映画館で作品が公開されるタイミングというのは、「映画が生まれつつあるいまこのとき」といった意味合いで語られる「映画の現在」とはほとんと関係がない。ある作品がある特定の時点に私たちのもとに届くのは、市場(資本主義)がそれを望んだからであって、作品に内在する何ら… 続きを読む »〈いま〉と〈ここ〉の複層性への旅
『映画愛の現在』三部作(佐々木友輔監督)

ポン・ジュノ or ホン・サンス? – ポン・ジュノ and ホン・サンス!
『ドライブ・マイ・カー』&『偶然と想像』

ナンニ・モレッティの『親愛なる日記』にとても好きな場面がある。それは三部構成の第一部「ベスパに乗って」の一場面で、モレッティが交差点で信号待ちをしていると隣にオープンカーがやってきて停車する。この車とそれを運転している男を見たモレッティは、不意にベスパから降りて男に近づき、一方的… 続きを読む »ポン・ジュノ or ホン・サンス? – ポン・ジュノ and ホン・サンス!
『ドライブ・マイ・カー』&『偶然と想像』

傾きゆく世界に立つ /『彼女はひとり』

地方都市に住んでいると新作映画についてタイミングよくTwitter でつぶやくのが難しい。ハリウッドや邦画のメジャーな作品を除いて新作映画の公開日は東京から数週間から数ヶ月遅れるのが普通なので、ようやく見た時点ではたいていTwitter での盛り上がりの時期を過ぎている。もちろん… 続きを読む »傾きゆく世界に立つ /『彼女はひとり』

ドイツと日本の総選挙の基礎データ比較(メモ)

今年の秋はドイツの連邦議会(Bundestag)と日本の衆議院で相次いで選挙があった。 ドイツでは誰も望んでいなかった大連立がようやく終わり、社会民主党(SPD)・緑の党(die Grünen)・自由民主党(FDP)の連立政権が成立しそうな流れ。日本では政権交替を望まない人々が投… 続きを読む »ドイツと日本の総選挙の基礎データ比較(メモ)

自由の制限を制限すること:法規制レジームと自粛レジーム

最近ドイツのニュースを読んだり見たりしていると、毎日のように、新型コロナウィルス対策としてなされる行動規制とその緩和を争点とする裁判とデモの報道がある。たとえば、最近話題になった事例として、ベルリンのシャルロッテンブルクのディスコが、ダンス禁止の州条例に異議を申し立て、ベルリンの… 続きを読む »自由の制限を制限すること:法規制レジームと自粛レジーム

五輪開会式 – 真実のとき

2021年7月8日深夜、東京五輪が(ほぼ)無観客で開催されることに決まった。選手が気の毒だという意見もあるようだが、そもそも世界中で感染拡大が続いているときに世界最大のスポーツイベントを開催しようとすることが間違っている。この錯誤のためにどれだけ日本のコロナ対応が歪められ、(東京… 続きを読む »五輪開会式 – 真実のとき

『涙の塩』− ガレルの映画の「見やすさ」について

アンスティチュ・フランセが主催する第三回映画批評月間でフィリップ・ガレルの新作『涙の塩』を見る。 ガレルの映画は基本的に見やすい。とりわけ『ジェラシー』(2013年)以後の一連の作品はとてつもなく見やすい。それらの作品を見ると、映画が映画として成立するために必要なものは何かという… 続きを読む »『涙の塩』− ガレルの映画の「見やすさ」について

『YESMAN / NOMAN / MORE YESMAN』のフレーム
戯曲を映画に翻訳するということ

先日、国立国際美術館で開催された「松村浩行 レトロスペクティブ」でようやく『YESMAN / NOMAN / MORE YESMAN』を見ることができた。この作品については、ずっと昔から、僕が信頼する知人・友人に話を聞いていて、どこかで見る機会はないものかと思っていたので、唐突に… 続きを読む »『YESMAN / NOMAN / MORE YESMAN』のフレーム
戯曲を映画に翻訳するということ