いかにして息子たちの音楽への愛は優しき父親の悲しみに屈したのか
『この世の外へ クラブ進駐軍』

『この世の外へ』にはある戦いが描かれている。しかし、およそ二時間の上映時間を持つこの作品のなかで実際にその戦いが描写されるのは、最後の十数分間のことに過ぎない。にもかかわらず、それはフィルムの全体を含み、かつ、それまでに私たちがこのフィルムで目にし、耳にしたすべての映像と音響の意味を変容させかねない戦いである。それはいかなる戦いであったのか。

この作品では、戦場から帰還したのち音楽によって戦後の混乱を生き抜こうとする若者たちとつい先日まで日本人と戦っていたアメリカ人とのあいだにジャズへの愛によって生まれる友情が描かれる。しかし、その友情は結局ふたたび国家間の政治的利害 ––– 新たな戦争 ––– によってもろくも打ち砕かれる。これはそんな敗者たちの映画である。

ジャズを演奏しに米軍キャンプを訪れる映画の主人公たちはまた、戦勝国と敗戦国とのあいだの境界線をくりかえし横断する者たちでもある。このフィルムが描き出す魅力的な人物はみな、みずからの生を支えるためにそのような境界に住み着く人間たちだ。ジャズを愛する若者たちのなかでこの越境者的存在を体現するのは、自分自身の精彩のなさにたえず茫然自失しつづけているかのような萩原聖人ではなく、オダギリジョーである。彼の演じる池島昌三の天才はどこに境界線が引かれているのかにまったく気がつかないところにある。彼は楽屋裏とクラブのフロア、ジャズと祭囃子、長崎と東京とのあいだの境界を軽々と越えていく。この住所不定者は、自分がどこにいるのかも、これからどこに行こうとしているのかも知らず、あらゆる場所と問題に首を突っ込み、区別されたものを混ぜ合わせ、異質なものを結びつける。だから、彼だけがこの映画で異性間の境界をあっさり飛び越え、女の子の愛を手に入れいるのも不思議ではない。撥にも長箸にも杖にもなるという彼のスティックは、そんな越境者の格好の小道具だ。しかし、彼だけではない。いんちきな英語を操ってGHQに取り入ろうとする男、闇市を仲間を従えて徘徊し地下通路に住む少年と彼を支える元負傷兵、米兵に体を売る女たち、店の前で通りがかりの人を捕まえては楽器をリヤカーに載せるのを手伝わせる楽器屋を営む主人公の父親 ––– 彼らもまた境界に住み着いた越境者的存在である。

戦勝国アメリカの側にも彼らと同様に敗者であり越境者となる人物がいる。ラッセル(シェー・ウィガム)である。彼はレイテ島で戦死した弟への愛ゆえに日本人への憎悪にとりつかれているが、他方ではまた、はじめ徴兵逃れを試み結局こうして生き残ってしまったことへの罪悪感に苛まれてもいる。彼はラッキーストライカーズの冴えない演奏を初めて聴いたあと、楽屋裏へと踏み込み彼らを侮辱する。また、次にバンドが演奏した夜には、みずからサックスを手にして客席から舞台へ乱入し、健太郎(萩原聖人)のお株を奪ってみせる。しかし、この敵対的な境界侵犯こそがラッセルとラッキーストライカーズとの友情の端緒となるのだ。この越境者の資質ゆえにラッセルは、のちに健太郎や昌三のたむろするバーを訪れ、彼らや常連の中年男と肩を組み、大声で歌われる日本の歌謡曲に合わせて体を揺らすことができるのである。ではもう一人の重要な登場人物、米軍キャンプのクラブをとりしきる軍曹ジム(ピーター・ムラン)はどうか。彼はこのフィルムの越境者たちの対極にある人物だ。なぜなら、一年前に交通事故で息子を失った彼は、自分のクラブを「我が家」(my home)と呼び、極東の島国に暮らす若い兵士たちの良き父親たらんとする人物だからである。彼がこのフィルムのなかで最初にした行為は、ライヴを見るのにもっとも好都合な位置に几帳面に自分の椅子を設えることだった。すでに「我が家」にいる彼には性急に動き回る必要はない。彼はラッセルとは対照的に、一歩たりともクラブのある建物から足を踏み出すことはないだろう。

ラッセルの戦死がキャンプに伝えられた晩、彼の作詞作曲になる「この世の外へ」(Out of this world)と題されたナンバーがラッキーストライカーズによって演奏される。ラッセルとバンドの面々を回想する映像が、音楽と重なる。「この世の外へ」。それは彼らが投げ込まれた戦争と死体に満ちた世界の外へ一人歩き出そうとする孤独な越境者の遺言だ。フィルムの冒頭、ジャングル上空を飛ぶ戦闘機がジャズを流しながら終戦を告げるビラを投下する。のちに健太郎は「あのとき終戦のビラは信じられなかったけど、あの音楽は信じられたんだ」と語るのだが、このことからわかるように、ジャズこそが「この世の外」から鳴り響く音楽である。「この世の外へ」の演奏が終わった直後、ひとりの若い兵士が突然近くに立っていた憲兵から拳銃を奪いとり二発の銃弾を天井に向けて発砲する。舞台の前で銃口を自分のこめかみに突きつけながら兵士はつぶやく。「おれはどこにも行きはしない」。

この二発の銃弾こそ、このフィルムに描かれた戦いの刻印である。ラッセルが「この世の外へ」の越境を自殺として考えていなかったことは確かだが、この若い兵士の自殺未遂もまた「この世」の諸力に屈しまいとする絶望的な抵抗である。戦争はつねに外と内の二つの戦線で戦われる。敵国を武力で制圧するだけではなく、自国民の感情と思考をもプロパガンダによって制圧しなければならない。同様に兵士は戦場で敵国の兵士を殺すことが出来ねばならぬだけではなく、それ以前にみずからの内なる嫌悪や恐怖や疑念や欲望をまず抹殺していなければならない。したがたって、二発の銃声がクラブに鳴り響く時、いかにそれが些細な出来事のように見えようとも、そこで起こっているのは戦争なのだ。

バンドの面々は騒動が持ち上がったときのつねとしてアメリカ国歌を演奏しようとするのだが、軍曹ジムはそれを制止し「ダニーボーイ」を演奏しろとバンドに命じる。出征する息子への想いを歌うこの曲が演奏されるなか、カメラは青年兵士の背中越しに、彼にゆっくりと近づき銃をとり上げるやいなやあたかも実の父親のように彼を抱きしめるジムを映し出す。兵士を落ち着つかせ着席させたのち、ジムは舞台前の壇上に彼の補佐役の日系人とともに立ち前方を見据える。「ダニーボーイ」が流れつづけるなか、朝鮮戦争への第三次派遣兵士の名が読み上げられる。このとき同じ構図のカットが三つ続く。それは被写界深度の浅いレンズ(望遠)でとられたカットで、最初完全にピンぼけのフレームの中に、名を呼ばれて起立し敬礼する、あるいは無言で立ち上がり昂然と前方を、すなわち来るべき死を見つめる兵士の顔がくっきりとヒロイックに浮かび上がる。私たちは三番目のカットでつい先ほど自殺未遂をした兵士が立ち上がるのを見るだろう。名簿を読み上げる声がなおも響くなか、カメラは今度ははじめローアングルで起立したひとりの兵士の足元を映し出し、そこからすこし仰角気味にゆっくりと上昇する。すると今回は被写界深度の深いレンズで撮られた映像が、立ち並ぶ兵士たち、彼らの背後の壁に掛かるブロンド美人のポスター、そして兵士の頭上に掲げられた星条旗を映し出すのだ。

こうしてジムは勝利する。若い兵士全員の父として、内心悲しみに身を震わしながら、彼は国家のために彼らを戦争に送り出すことに成功する。このとき、ラッキーストライカーズは従順に「ダニーボーイ」を演奏しつづけることによって、この優しき父親の権威的身振りの成就と彼の勝利にみずから貢献してしまったように見える。この共感を誘う父親の身振りによって、「この世の外」を希求する者たちの映画が、巧妙にも最後の最後で戦争を遂行しつづける権力に乗っ取られてしまったかのようなのだ。というのも、ラッセルの「この世の外へ」とジムの「ダニーボーイ」は決して相容れない音楽のはずだからである。「この世の外へ」が戦争と死体に満ちたこの世界に抵抗しつづける孤独な越境者の音楽だとすれば、「ダニーボーイ」は「この世界」に、故郷にとどまりつづける者の音楽、そして息子を戦争に送り出すことをやめぬ者の音楽だからである。この作品におけるジムの登場人物としての特異性はすでに指摘しておいた。フィルムの最後のシーンで、「ダニーボーイ」が「この世の外へ」に対して勝利したということは、ジムがこのフィルムのすべての越境者たちに対して勝利したということに他ならない。しかし、厳密にいえば、ここで問題なのはジムが勝利したこと、つまり、権力が最終的に勝利を収めたことではない(それはここでは避けがたいことだ)。ここで私たちを不安にするのは、この勝利を描くにあたって阪本順治の選択した演出なのである。個人としての兵士を軍隊という集団に結びつけ、さらに軍隊をブロンド美人と国旗によって象徴されるネーションというより大きな共同体へと結びつける映像の滑らかな連鎖、そしてそのデクパージュに否定しがたく纏いついているヒロイズムが、これまでの阪本作品を知る観客に違和と危惧を抱かせるのだ。このフィルムの最後のショットが示すのはバンドをねぎらうジムの後ろ姿である。廊下の奥の楽屋口に立つ彼らの小さな姿を見つめる私たちは、すでに戦いの場から遠ざかっている。その直後に示される朝鮮戦争の死者数(アメリカ側だけで15万人!)は、400人ほどのアメリカ兵が命を落とすや誰もが「イラクの泥沼化」を口ににする現在の私たちにはほとんど想像も出来ない圧倒的な数字なのだが、そのときすでにジムの悲しみに感染している観客には、その数字が一瞬もたらすショックもただちに歴史を回顧する眼差しに特有のどこか居心地の良い諦念に変わってしまう、そう感じるのは私だけだろうか。

2003年9月下旬、イラク中部の町ドルアヤ近郊で、当地の住民がゲリラに関する情報を提供しないことへの「懲罰」として、アメリカ軍はナツメヤシやオレンジの果樹をブルドーザーで根こそぎにした。そのとき兵士たちの運転するブルドーザーのスピーカーからはジャズが大音量で流されていたという。幾人かの子供たちは母親の果樹を守るためにブルドーザーの前に身を投げ出したが、米軍によってただちに排除された。ひとりの米兵がその不条理に耐え切れずに泣き崩れ、作戦のあいだじゅう涙を流しつづけていたと住民は証言している。このフィルムに描かれた戦いは終わってなどいないのである。

(初出:nobody #11、2004年1月)

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