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『ドイツ反原発運動小史 原子力産業・核エネルギー・公共性』

このたびヨアヒム・ラートカウ著『ドイツ反原発運動小史 原子力産業・核エネルギー・公共性』がみすず書房から翻訳出版されました。『自然と権力』に続き、今回も私と森田直子さんとの共訳です。本書は昨年秋に『みすず』に掲載され話題になった論考「ドイツ反原発運動小史」を含む4つ論考とオリジナルのインタビューから構成されています。

4編の論考の内訳は、フクシマ後1年の節目に新聞に寄稿されたエッセイ「あれから一年、フクシマを考える」(2012年3月)、福島の原発事故とドイツの政策転換を受けて執筆された「ドイツ反原発運動小史」(2011年)、1983年に出版された大著『ドイツ原子力産業の興隆と危機 1945-1975』の「結論」、そしてその続編的な内容を持つ論文「核エネルギーの歴史への問い 時代の趨勢における視点の変化(1975-1986)」(1993年)です。

みすず書房の書籍紹介ページ

著者のラートカウは、現在ではドイツを代表する環境史家とみなされていますが、その出発点はドイツにおける原子力産業の成立過程を考察した歴史研究にあります。いち早く1970年代初頭に研究に着手し、多くの未公開資料の分析にもとづいて書かれた教授資格請求論文『ドイツ原子力産業の興隆と危機 1945-1975』は、当時、技術史研究の第一人者であったアメリカの技術史家トーマス・P・ヒューズに絶賛され、現在にいたるまでドイツの原子力産業に関する歴史研究の基本文献であり続けています。ラートカウがこれまでに執筆した原子力および反原発運動関連の論文は膨大な数に上りますが、本書はその中からコアな論文2本を日本語で紹介しています。

本書ではまた、これら4編の文章の翻訳に加えて、ラートカウへのインタビューも行いました。このインタビューの構成は私が担当しましたが、ラートカウの歴史家としてのスタンス、原子力というテーマとの関わり、そして、ドイツの原子力産業と反原発運動の展開について、本書収録の論考を補足するかたちで尋ねています。ラートカウは二次的な資料を介してしか知りえない日本の状況にコメントすることにはつねに慎重ですが、折りにふれて、日本の置かれた状況についてもコメントしています。

福島の原発事故以後、非常に数多くの原子力本がすでに出版されていますし、ドイツのエネルギー政策についても、多くの本が書かれています。そうしたなかにあって、原子力の問題に最初期から取り組んできた歴史家の仕事として、本書は時事性・時局性を追求するジャーナリスティックな書物とは異なる持ち味を持っています。重大な問題に直面したとき、私たちはどうしても、そうした問題を一挙に解決してくれそうな単純で分かりやすい解決策を性急に求め、その結果、視野狭窄に陥りがちです。それに対して歴史家は、不確実な未来に開かれた現在の流動性に注意を喚起し、より大きな時間的スパンで物事を見るようにうながします。本書が提供しているのも、そうした歴史家の仕事がもたらすアクチュアルな認識です。

なおラートカウは、『自然と権力』の日本語版に書き下ろした文章(「あとがき ––– フクシマの事故の後に考えたこと」)でも、フクシマ後の日本の読者に向けて原子力の問題を平明に論じています。こちらも本書とあわせてお読みいただけるとよいと思います。

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