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隠れ家としての書物の「その後の生」
書評『一冊の、ささやかな、本』

表象文化論学会の学会誌『表象』18号に書評を執筆しました。

今回書評を書かせていただいたのは、田邊恵子さんの著書『一冊の、ささやかな、本 ヴァルター・ベンヤミン『一九〇〇年ごろのベルリンの幼年時代』研究』です。本書は2008年から刊行が進むベンヤミンの新全集(『作品と遺稿——批判版全集』)に収録された資料を縦横に駆使した研究成果であり、批判版全集の刊行によって更新されつつあるベンヤミン研究の潮流を日本語環境において体現する仕事でもあります。この本のなかで田邊さんは『ベルリンの幼年時代』の成立過程に精緻な眼差しを注ぎ、断章の改稿作業のうちに、歴史の現実と対峙するベンヤミンの身ぶりを読みとることで、著者がこの書物に託したものを探り当てようとしています。本書の終章で田邊さんはアドルノの書物論を参照しながら、書物の「その後の生」とは、それが読者の手に委ねられ、読まれることで傷つけられるときにのみ可能となるのだと書いていますが、この田邊さんの著作そのものが、生前には実現され得なかったベンヤミンの書物に「死後の生」を与える営為であることは論を俟ちません。この美しい装幀の書物が多くの読者に迎えられることを期待します。

私は以前『ベルリンの幼年時代』について解題を執筆したことがありますが、今回、田邊さんの本を読みながら批判版全集に集められたテクストを読み直すのは、新たな発見をもたらしてくれる体験でした。卒論、修論とベンヤミンのテクストと取り組んだのち、ひとときベンヤミンの仕事からは離れていたのですが、ここ数年、周囲に促されるかたちでベンヤミンを再読する機会に恵まれ、その仕事が再び身近に感じられるようになってきました。今秋にはベンヤミンのボードレール論を扱ったドイツ語の論文も刊行される予定です。『ベルリンの幼年時代』の断章についても、少し書いてみたいと思っています。

田邊さんの『一冊の、ささやかな、本』は第15回表象文化論学会賞(奨励賞)を受賞しました! おめでとうございます。ちなみに前回私が『表象』で批評を書いた竹峰義和さんの『〈救済〉のメーディウム』(東京大学出版会)も学会賞を受賞しています。なにかの巡り合わせでしょうか。

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