ファスビンダー解禁!
ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーDVD-BOX1

『愛は死より冷酷』(1969)から遺作となった『ケレル』(1982)までわずか13年間にファスビンダーが撮りあげた40本以上の長編映画は、あたかも中断なしに一息で撮られたかのような印象を与える。監督するだけでなく、ほとんどの作品で脚本を執筆し、俳優としても出演し、たいていはポストプロダクションにも関わりながら、ファスビンダーは休むことなくそれらの映画を撮り続けた。しかも切れ目なく映画を作りつづけたというよりもむしろ、おそらく唯一の例外である『四季を売る男』(1971)の場合を除いて、複数の作品の制作を同時進行で行っていたのである。映画にされることを要求する無数の物語に追い立てられるようにして作品を発表していったファスビンダーの映画を見ていくとき、私たちはそれら数多くのフィルムを産み落としていった創造のエネルギーのもつスピード感に圧倒されずにはいられない。

ファスビンダーが最初からいかに才気あふれる映画作家であったのかは、このDVD-BOXに収録されている『都会の放浪者』(1966)の冒頭のショットを見れば一目瞭然である。ミュンヘンの幹線道路に面した路面電車の停留所に置かれたカメラが、出発する路面電車、集合住宅、幹線道路、走り去る車、広告塔そして公衆便所を映し出しながらゆっくりとぎこちなく右方向へパンするだけなのだが、この単純極まりないカメラ移動と音響によって、ファスビンダーはミュンヘンという都市の寄る辺ない大きさと冷たさを鮮明なイメージのうちに切り取ってみせる。処女作は残念ながら今日では失われているとはいえ、この冒頭のショットにはすでに21歳の若者の映画作家としての才能がはっきりみてとれる。このショットにくらべれば、これに続く、ロメールの『獅子座』に着想を得たことがあまりにも明白な一連の場面は、確かに映画青年の作品としては十分に魅力的だとはいえ、よく出来た宿題にしかみえないだろう。

映画を撮り始めた最初から、ファスビンダーはどこにカメラを置き、いかなるショットによって映画を始めるべきかを知っていた。たとえば、このDVD-BOXに収められた3本の長編は、ファスビンダーが制作時に手にしていた経済的・技術的手段とジャンルの違いゆえにまったく異なった外観を呈しているにもかかわらず、その冒頭場面のショット選択の確かさという点で一貫している。『愛は死よりも冷酷』では、白い壁のまえで黒い革ジャンを着て椅子に腰掛けたファスビンダーが新聞を読んでいる。初期の傑作『出稼ぎ野郎』(1969)の冒頭のショットと同様、このショットは鮮烈である。真白な壁が空間の奥行きを消し去りながらぽっかりと空いた画面の大きな余白を占め、孤独と空白の時間を際立たせる。『自由の代償』(1974-75)では、クレーンに乗せられたカメラが見世物の舞台の前に集まる人々を映し出しながらゆっくりと下降し、舞台を眺める人物たちの視点に移行する。いわばファスビンダーによる『悲しみは空の彼方に』であるこの映画で、芸人フランツ・ビーバーコプフはサラ・ジェーンのように他人の愛と尊敬を勝ち取るためにつねに自分を偽り、演技しつづけ、命をすり減らしていく。冒頭の場面はそのような物語に相応しいものだ。『マリア・ブラウンの結婚』(1978)では、ヒトラーの肖像が描かれた壁が爆撃で破壊され、役所の書類が舞い散るなか、ハナ・シグラとクラウス・レーヴィッチュが結婚届に署名する。ドイツのハリウッドになるはずであったバヴァリア・フィルム・スタジオで撮影されたこの映画で、ファスビンダーは、自分でも気づかぬうちに愛することを忘れていく一人の女の人生を西ドイツ社会の歴史と結びつけている。

これら3本の作品はファスビンダーが演劇畑出身のアマチュアなどではなく、映画という表現形式を完全に掌握していたことを示しているが、それと同時に、『四季を売る男』にはじまるファスビンダーのメロドラマの普遍性もまた、これらのフィルムと初期の二つの短編を並べてみることによって明らかになるように思える。

すでに『都会の放浪者』がファスビンダー版『獅子座』であることには触れたが、もうひとつの短編『小カオス』(1967)もまたヌーヴェルヴァーグそのものである。女優の髪型、ファッション、レコード、アパルトマン、ポスター、アメリカ映画の真似や英語の台詞、銃撃シーンなどなど、ヌーヴェルヴァーグ以後の映画狂的な感性のストレートな発露以外のなにものでもない。そして、『愛は死よりも冷酷』もまた、ジャンルの影響が色濃い作品だ。もちろんそこには『出稼ぎ野郎』で見事に描かれることになるミュンヘンの若者たちの行き場のない倦怠と視線を交わすことのない恋人たちの寒々しい関係が、ラディカルに奥行きを欠いた画面を満たしているのだが、それらの要素はまたつねにジャンルの記号に取り囲まれてもいる。ファスビンダーは傑作『聖なるパン助に注意』(1970)にいたる他の諸作品でも映画狂的にジャンルを参照したり、68年5月の出来事を茶化したりしているが、その歩みには、ヌーヴェルヴァーグ的な同時代的感性が垣間見える。しかし、まさにそのインターナショナルな同時代性ゆえに、現在の私たちにとって、それらの作品が逆にローカルなものに見えるのも事実だ。仮にファスビンダーがずっとこのような映画を撮りつづけていたならば、彼の作品はヌーヴェルヴァーグのドイツ的現れとして言及されこそすれ、決して現在のような重要性を獲得することはなかったのではないだろうか。

それにたいして『四季を売る男』以後のメロドラマは、一見どこまでもローカルでありながら、まさにそれ故に普遍性を獲得することになる。『愛は死よりも冷酷』と『自由の代償』は、ほとんど対極的なスタイルで撮影されている。画面のラディカルな平面性と正面性、会話の場面での人物の不動性、そしてそれとコントラストをなす長く彷徨うような移動撮影が『愛は死よりも冷酷』を特徴づけているとすれば、『自由の代償』では会話シーンはことごとくショット・リバースショットを用いて撮影され、画面にはつねに適度な奥行きが与えられている。物語の流れを中断するような過剰な移動撮影もそこにはない。『愛は死よりも冷酷』で組織のアジトから解放されたウリ・ロメルがミュンヘンに向かう鉄道の車内で謎の女と言葉を交わす場面とファスビンダーが高級レストランでペーター・シャテルにサディスティックに言葉でいたぶられる『自由の代償』の一場面を比較してみれば、両者の違いは一層鮮明になるだろう。肝心なことは、『四季を売る男』以後の作品において、ファスビンダーがそれ以前の作品にあった視覚的な過剰さを意識的に捨て去ったように見えることである(あえて例外を挙げるとすれば、大作『べルリン・アレクサンダー広場』のエピローグだろうか)。たしかにファスビンダーのメロドラマには、様式化され、誇張され、意味に関して誤解の余地を与えないショットがふんだんに見出せるが、『都会の放浪者』や『愛は死よりも冷酷』や『出稼ぎ野郎』に見出される目の覚めるような突出したショットも、2本の短編に見てとれる洗練された映像美も見当たらない。しかし、おそらく私たちはまさにそこにこそ、ファスビンダーの現代的な映画作家としてのプロフィールを見るべきなのだ。

いま述べたスタイルの上での通俗化には、物語の通俗化がともなっている。『自由の代償』が扱っているのは、宝くじに当たった人間の転落というこれまで映画が何度も描いてきた通俗きわまりない題材である。ファスビンダーが演じる青年も、もはや一匹狼のアウトローではなく、なんとかして社会のどこかに自分の居場所を見つけようと努力するごく平凡な人物にすぎない。しかし、まさにこの通俗化によって、ファスビンダーは、映画の扱う題材の幅を押し広げ、同時代の西ドイツ社会のもっとも鋭い観察者になることができたのである。戦後映画のなかで、ファスビンダーに匹敵するほどに社会のあらゆる階層・グループの人間を描くことに成功した作家は多くない。男と女、若者、中年、老人、異性愛者、ゲイ、レズビアン、バイセクシャル、金持ち、中流、労働者、ドイツ人、移民労働者、外国人、都会人、そして地方都市や郊外の住人たち。これらすべての人々が、ファスビンダーの映画には登場する。しかもファスビンダーは彼らを映画に登場させるにあたって、「月並みなことが本当のことであり厳粛でもある」というデーブリーンの教えに忠実であった。もし後世の人々が西ドイツとはどんな社会であったのかを知りたいと思うなら、ファスビンダーの映画を見ればいいだろう。そこでは西ドイツの人間がどのような社会に生きてきたのかが、たくさんの通俗的な物語を通して語られているのだから。これはたとえばヴィム・ヴェンダースの映画についてはまったく当てはまらないことである。

みずからの作品によってファスビンダーは ––『出稼ぎ野郎』の冒頭に出る字幕にならっていえば ––「無意識にいたるまで古い間違いを繰り返している」社会に自己反省の契機を与えようと試みる。というのも、ファスビンダーのメロドラマは、通俗的なだけでなく、教育的だからである。そして、これこそがファスビンダーの通俗化のプログラムに賭けられていたものである。彼がダグラス・サークから学んだのは、メロドラマのもつ教育的な可能性であった。ファスビンダーのサークへの賞賛は、映画狂的なものではない。じっさい、ファスビンダーの映画に、サークの作品へのこれみよがしな目配せなど見出せないだろう。観客を楽しませること、そして、楽しませることによって人物に興味を抱かせ、人物の置かれた状況を理解させ、その行動について考えさせること、そしてついには自分自身の現実をも問い直すように導くこと –– これが、ファスビンダーがサークから学んだものである。そのさいにサークが用いたさまざまな技法、たとえば、フレームの内部に登場人物を配置する仕方や照明の活用、服装やセットや小道具で人物の関係と彼らが置かれた状況を明らかにする方法などもまた、ファスビンダーは自分のものとした。ファスビンダーのメロドラマは反省をうながす。したがって、そこには観客を完全には登場人物に同一化させず、感情を共有させながらも同時に人物への距離を作り出す仕組みがつねに組み込まれている。しばしばファスビンダー自身によって演られる主人公が流す苦い涙を、映画作家ファスビンダーは醒めきった眼差しで見つめているのである。たとえば、ファスビンダーは、周囲の愛と尊敬を求める主人公がときとして陥る愚かさを観客にはっきりと誇張して提示する。『四季を売る男』では、心臓発作を起こして自分では働けなくなったハンス・ヒルシュミュラーが男を雇うことにするのだが、そのとたんに彼は資本家の立場と同一化し、男の仕事ぶりを嬉々として監視し始める。給料日に男が正しく売上を申告して部屋を出て行ったあとで、ヒルシュミュラーは妻のイルム・ヘルマンに得意げに監視のことを告げ、二人でヒステリックに大笑いするのだ。あるいは、『自由の代償』では、とりわけ主人公フランツの服装が着せ替え人形のように取り替えられ、彼を破滅に導く契約書に署名するために弁護士に会いに行く場面では、彼は滑稽極まりない馬鹿でかい蝶ネクタイをして現れる。そして、ファスビンダーのメロドラマでは、ハッピーエンドは断固拒否され、『自由の代償』にせよ『四季を売る男』にせよ、救いようのないラストシーンによって、主人公の死からあらゆる感傷性が剥ぎ取られる。『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』が公開されたとき、多くの観客はラストシーンでマルギット・カルステンゼンのもとを去るイルム・ヘルマンの姿に束縛からの解放を見たのだが、ファスビンダー自身は「自分はそんな解放などこれっぽっちも信じちゃない」とコメントしていた。カルステンゼンのもとを去ったからといって、彼女がまた同じような隷属関係に陥らない保証はないからである。

『四季を売る男』以後のファスビンダーは、彼の作る映画をより深く西ドイツ社会の現実のうちに投げ入れた。それゆえ、それらの作品には –– 西ドイツの社会がそうであったように –– 派手さも洗練も欠けているように見えるかもしれない。『マリア・ブラウンの結婚』などスタジオで撮られた後期作品を除いて今日に至るまでファスビンダーの作品が日本でほとんど見ることができなかったのも、ひょっとしたらそのためなのかもしれない。しかし、ファスビンダーの映画は、同時代の他の多くの映画作家には出来なかったような仕方で、社会に暮らす人間の生を描くことに成功した。ファスビンダーの作品は、いかに金銭と所有に支配された私たちの社会が不安と孤独を生み出すのか、そして不安と孤独がどのように人々の魂を蝕んでいくのかを語り、同時に、それについて思考することを観客にうながす。まさにこのことゆえに、ファスビンダーは今日までアクチュアルな映画作家であり続けているのである。

(初出:nobody #20、2005年)

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