Nonadherence is a matter of practicality, not psychology.

ドイツのアンゲラ・メルケル首相は昨年8月下旬にあった定例記者会見で、新型コロナウイルスを eine demokratische Zumutung と呼んで話題になった。Zumutung はとても翻訳しにくい言葉で、「なにか非常に厄介で、通常なら到底受け容れられないような事柄を他人に要求すること」を意味する。つまり、Covid-19 は、移動の自由、営業の自由、集会の自由といった民主政の社会の根幹にかかわる市民の権利を制限するように要求するという意味で、「民主政に対する挑発」だというわけだ。

しかしパンデミック1周年を迎えたいま思うのは、Covid-19 はなによりもまず eine intellektuelle Zumutung (知性に対する挑発)なのではないかということである。日々の感染者数がメディアで報道されるようになって1年以上経つというのに、私たちはいまだに報告される数字の推移を指数関数的なプロセスとして把握するのに苦労しているような気がする。複合的な諸要因によって規定される初期条件の小さな違いが増幅されて巨大な差異を生みだす過程は、線形的な現象と違って、理解するのが難しい。また個人レベルのリスクとシステムレベルのリスクを区別したうえで両者の関係を理解することも、容易とはいえない。たとえば、こうしたサイトで少人数の会食のリスクを計算すると、少なくとも今の日本の状況下では、個人が会食で感染するリスクは気にするのもバカらしいほど低いのがわかる。このサイトの計算がおおむね正しいとするなら、いま(2021/01/31)京都市で4人で会食した場合に、そこに1名の感染者が混じっている確率は0.5%程度になる。しかし個人レベルではこの程度のリスクであっても、人々が普段通りに会食すれば、人口レベルでは医療システムを圧迫するリスクになりうるし、実際そうなっている。個人レベルのリスク評価とシステムレベルのリスク評価のこうした乖離はとても厄介だなと思う。人々は無能ではなく、ものを考えることができるので、個人の感染リスクに訴えかけるだけでは、十分な説得力を持ちえない。

リスク評価に二つの水準があるということは、リスクへの対応にも同様に二つの水準があることを意味している。個人レベルのリスク対応(個人の行動変容)とシステムレベルのリスク対応(公衆衛生上の措置)があり、両者のバランスが取れていないとおかしなことになる。この文章の著者たちは、システムレベルの対応の失敗の責任が個人に押しつけられるさいに、しばしば「パンデミック疲れ」というモチーフが持ち出され、本来「構造的な」(したがってシステムレベルで対応すべき)問題が「心理学化」されると指摘していて、個人的にとても参考になった。(Pandemic fatigue? How adherence to covid-19 regulations has been misrepresented and why it matters

著者たちによれば「パンデミック疲れ」とは、人々が政府や自治体に要請された行動の規則に従わなかったときに、その原因を個人の心理的な弱さ(意志の弱さや知識のなさや道徳意識の欠如)に帰す見方と結びついた語り口であり、それが持ち出されると、感染拡大の原因がルールを破る個人やグループの存在によって説明され、公衆衛生的対応の不備が見過ごされることになるという。

著者たちはイギリスを対象にした各種の調査結果を引用しながら、さまざまな規制がもたらす経済的・心理的負担の大きさにもかかわらず、9割以上の人々が各種の規則を遵守しており、大半の人々はそれらの規則を肯定し、それらをもっと早く導入すべきだったとすら考えていることを指摘している。にもかかわらず、ある調査によれば(感染者と濃厚接触者の)自己隔離のルールが18%しか守られていないとするなら、それは心理的動機に原因があるのではなく、手洗いやソーシャル・ディスタンシングとは異なり、自己隔離が周囲の人々からのサポートを必要とするからであると述べる。自己隔離は、それができるだけの収入と物理的空間を必要とする。

The lower adherence rates for self-isolation therefore suggest that the issues may have less to do with psychological motivation than with the availability of resources. This accords with data from the first “lockdown” showing that the most deprived were six times more likely to leave home and three times less likely to self-isolate, but that they had the same motivation as the most affluent to do so. Nonadherence was a matter of practicality, not psychology.

Stephen Reicher, John Drury: Pandemic fatigue? How adherence to covid-19 regulations has been misrepresented and why it matters.

自己隔離ルールの遵守の割合が低いのは、心理的動機づけゆえではなく、リソースの有無に原因がある。人々がルールに従わないのは、心理的欠陥(意志薄弱、無知、無責任、危機感の欠如 etc.)ゆえではなく、端的に実行不可能であるから、あるいはたとえ不可能ではないにしても、実行のためのハードルが高すぎるからである。

The problem, then, is that in psychologising and individualising the issue of adherence, one disregards the structural factors which underlie the spread of infection and the differential rates in different groups. One also avoids acknowledging the failures of government to provide the support necessary to follow the rules (most obviously in the case of self-isolation). Additionally, one overlooks the fact that some of the rules and the messaging around them, may be the problem (such as encouragement to go out to the pub – doing one’s “patriotic best” according to the PM – and to return to work after the first “lockdown”). It is particularly misleading and unfair to ask people to do things and then blame them for doing so.

Ibid.

ルールの遵守の問題を心理化し個人化することで、異なる社会的立場に置かれた人々のあいだで不均等に進行する感染拡大の構造的な要因を無視することになる。それはまた人々がルールを守るために不可欠な政府のサポートの欠如を覆い隠す。さらには問題を心理化し個人化することで、ルールに関して政府が発するメッセージの矛盾を見落とすことにもなる。あること(たとえば会食)をすることを人々に勧めておきながら、それをした人々を非難することはフェアではない。

最後に著者たちはメディアに対して、レアケースである規則違反を見出しにするかわりに、大多数の住民がじつに粘りづよくパンデミックに対処している事実をこそ強調すべきだと述べている。

They [=the headline stories] should highlight the remarkable and enduring resilience of the great majority of the population – including those who have been most subject to blame such as students and young people in general – even in the absence of adequate support and guidance from government. Indeed, in many ways the narratives of blame serve to project the real frailties of government policy onto the imagined frailties of public psychology.

Ibid.

特定の個人やグループを非難することは、政府の政策に含まれる現実の過失を人々の心理の想像上の過失に転嫁することにほかならない。感染した学生を罵倒する学長も世の中には存在するが、個人的には今回のパンデミックにおける日本の大学生の振舞いは、盛大に賞賛されてしかるべきだと思っている。

Pandemic fatigue? How adherence to covid-19 regulations has been misrepresented and why it matters

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