3月 192018
 

大阪大学美学研究室が出している雑誌『a+a 美学研究』(第12号)に論文を寄稿しました。本号の『a+a 美学研究』では、「シアトロクラシー 観客の美学と政治学」という標題のもと、思想、演劇、オペラ、映画、アートにおける観客の問題を考察する刺激的な論考が集められています。

「観客の支配」を意味する「シアトロクラシー」(テアトロクラティア)という言葉は、もともと古代ギリシアの歌舞において、古くから伝承された決まりが守られるべきか、それとも観客大衆の楽しみを優先して新たな実験がなされるべきかという争いのなかで生まれた。哲学者プラトンは、歌舞における伝統の否定としての「シアトロクラシー」から、政治における権威の否定としての「デモクラシー」が生まれたと論じている。つまり「シアトロクラシー」とは「観客」という集合的存在を通じて芸術と政治とを架橋する概念であり、近代において、ルソー、ニーチェ、ベンヤミンらのテクストのなかで潜在的・顕在的に重要な役割を果たし、現代の哲学者たちによってあらためて注目されている。はたして「観客」であるということは、幻影に惑わされ無力化されることを意味するのか、それとも「観客」であることのうちには自由へのポテンシャルが含まれるのか、ということがこの言葉によって問われている。(

a+a12私の論文(「大衆をほぐす」− シアトロクラシーと映画(館))では、従来、演劇との関係で議論されることの多かったシアトロクラシーの問いを、映画(館)とその観客をめぐる考察に導入することが試みられています。クリストフ・メンケによるシアトロクラシーと(政治の)美学化をめぐる議論を確認したのち、ユリアーネ・レーベンティッシュが提起した「美学化批判の批判」あるいは「シアトロクラシーの批判的擁護」を取り上げ、その議論に含まれる観客の概念を明確化します。そのうえで、本論では、ヴァルター・ベンヤミンとミリアム・ハンセンによる映画館とその観客の考察を検討することで、映画の観客に備わる政治的ポテンシャルについて考えています。

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この雑誌は一般書店で販売されています(たとえば、紀伊国屋書店)ので、お手にとっていただけると幸いです。

5月 172017
 

このたび大学の紀要に「群集の行動とディスポゼッションの理論 −ヴァイマル共和国時代の群集表象の批判的再検討にむけて−」というタイトルの論文(研究報告)を執筆しました。これは私が従来から取り組んでいるヴァイマル共和国時代の群集をめぐる言説史的研究に関連し、その理論的枠組をアップデートするために書かれたものです。近年、世界各地の都市で展開した新しいタイプの抗議運動を背景として、人々の「共同行動」や集団のパフォーマンスをめぐる理論的考察が活性化していますが、この論考ではそうした近年の理論的動向から特にジュディス・バトラーの「集会」(assembly)と「蜂起」(uprising)をめぐる考察を取り上げ、そこで提出されている理論的枠組や視座が、ヴァイマル共和国時代の群集をめぐる言説の分析にいかなる寄与をなしうるのかを検討しています。

あくまでも予備的な考察という位置づけの論考ですが、ご笑覧いただけると幸いです。

群集の行動とディスポゼッションの理論(機関リポジトリ)  

4月 212017
 

表象文化論学会の学会誌『表象』11号に書評を寄稿しました。竹峰義和氏の著書『〈救済〉のメーディウム––ベンヤミン、アドルノ、クルーゲ』(東京大学出版会)の内容を紹介しつつ、若干のコメントを加えています。(学会誌の書評ということで、少し生真面目に書きすぎたかな・・・という気も。)

本書はフランクフルト学派の展開を思想家の系譜(ベンヤミン、アドルノ、ホルクハイマー、マルクーゼ、ハバーマス、ホネット等)に基づいて概観する従来のアプローチとは明確に一線を画し、ベンヤミン、アドルノ、クルーゲが形作る−−思想史と映画史の境界を横断する−−布置のもとで、フランクフルト学派の思考のアクチュアリティを探求しています。なぜひとはアドルノの文化産業論に今なおムキになって反論せずにはいられないのかという問題をアドルノのテクストに仕組まれたレトリカルな戦略の分析を通して考察する一章も痛快ですが、個人的には、ベンヤミンの複製技術論文の緻密な読解に大いに刺激を受けました。 repre11

また現在も精力的に活動を継続している映画作家アレクサンダー・クルーゲの広範な仕事についての議論を日本語環境に本格的に導入した点も、本書の功績に挙げられるでしょう。同様に重要かつユニークなドイツの映画作家ハルーン・ファロッキの仕事は、日本でもそこそこ紹介されていますが、クルーゲの多面的な活動の全貌はいまだ未知の大陸にとどまっています。この本をきっかけにして、日本でもクルーゲの仕事への関心が高まり、作品を見ることのできる機会が増えていくと良いと思います。

なお今号の『表象』から、私も編集委員の一人として編集作業に関わっています。特集から投稿論文、書評まで、非常に中身の濃い充実した内容になっていますので、お手にとっていただけると幸いです。