『一方通行路』解題
『一方通行路』は都市の街路についてのテクストではなく、街路としてのテクストである。KAWADE道の手帖シリーズの一冊『ベンヤミン 救済とアクチュアリティ』(河出書房新社、2006年)に収録された作品解題。ただし、掲載された文章とは一部内容が異なります。
『一方通行路』は都市の街路についてのテクストではなく、街路としてのテクストである。KAWADE道の手帖シリーズの一冊『ベンヤミン 救済とアクチュアリティ』(河出書房新社、2006年)に収録された作品解題。ただし、掲載された文章とは一部内容が異なります。
映画は都市といかなる関係を結びうるのか? 映画とマドリードの関係の変容を辿りながら、ペドロ・アルモドバルのフィクションの変遷を考察します。『ライブ・フレッシュ』の日本公開に合わせて1998年に発表された論考です。
この論考ではフィルムを織り上げる移動と回帰の運動の軌跡を辿りながら、アモス・ギタイのフィルムの力学を考察しています。初出は『カイエ・デュ・シネマ・ジャポン』No.27(勁草書房、1999年)です。
1990年代後半、アルノー・デプレシャンを筆頭とするフランスの若手監督たちの作品の批評的な参照点として、突如アラン・レネのフィルム群が(再)浮上した。彼のフィルムのどこに現在の映画作りを挑発する力が秘められているのだろうか? レネのフィルムの可能性をめぐる試論。初出は『カイエ・デュ・シネマ・ジャポン』24号、勁草書房、1998年。
8ミリ作品でありながら現代の東京と紀州を舞台に途方もないスケールの物語を展開する『百年の絶唱』の劇場公開前になされた監督へのインタビューです。(初出:『カイエ・デュ・シネマ・ジャポン』 No.22、勁草書房、1997年12月)
石井聰互の『エンジェル・ダスト』、青山真治の『名前のない森』など映画の分野でも優れた仕事を続ける音楽家、自称「デスクトップ・パンカー」長嶌寛幸への1998年のインタビューです。この記事ではソロプロジェクトとして紹介されていますが、 Dowser は、現在、三人のユニットとして活動しています。
トルストイの小説は、タヴィアーニ兄弟の手によって愛の物語としてではなく、愛へと到達する過酷な道程としてスクリーン上に甦る。『映画芸術』(405号、2003年)に掲載。