2019年 & 2010年代ベスト映画 (『Nobody』)
雑誌『NOBODY』の恒例企画「2019年ベスト」に参加しました。
今年は昨年の映画に加えて2010年代の映画作品のベストも選出しています。
多彩なメンバーがいろいろな角度から作品を選んでコメントを寄せていて、面白い読み物になっていると思います。ぜひご覧ください。
私のセレクションとコメントはこちらにも載せておきます。
雑誌『NOBODY』の恒例企画「2019年ベスト」に参加しました。
今年は昨年の映画に加えて2010年代の映画作品のベストも選出しています。
多彩なメンバーがいろいろな角度から作品を選んでコメントを寄せていて、面白い読み物になっていると思います。ぜひご覧ください。
私のセレクションとコメントはこちらにも載せておきます。
宮崎大祐監督の『TOURISM』(2019年公開)のパンフレットに寄稿した批評文の増補改訂版を公開します。『TOURISM』のメインの劇場公開は終わってしまいましたが、これからも特集企画などで上映される機会があると思います。その際にはぜひご覧ください。映画だけでなく、他の領域でなされている多様なクリエーションと接続するいくつもの入り口を備えた魅力的な作品です。今年は宮崎監督の新作『VIDEOPHOBIA』が公開予定ということなので、そちらもどうぞお見逃しなく。
boidマガジンに映画評を寄稿しました。今回は宮崎大祐監督の『大和(カリフォルニア)』について書いています。本作は2018年4月7日より、新宿のK’s cinema を皮切りに全国6都市の映画館で順次公開されることになっています。米軍厚木基地の立地である大和市を舞台にしたこの作品は、日本とアメリカの関係を主題にした作品としてだけでなく、今日の地方都市の匿名的で貧しい風景と映画がいかに向き合うのかという点でも、ヒップホップの思想と音楽性を物語の中枢に導入する試みとしても、非常に野心的な作品になっています。
京都みなみ会館の「さよなら興行」で青山真治監督の『名前のない森』が久方ぶりに上映されるということなので、かなり以前に書いた文章を発掘しました。
この短文の批評は 2002年に boid.net(旧サイト時代)に掲載された「ベルリン映画祭報告」の一部で、ちょうどベルリン留学中だった私は、フォーラム部門に出品された本作品の上映に駆けつけたのでした。そして1回見ただけの印象を頼りに深夜一気に書き下ろして、樋口泰人さんにメールした記憶があります。作品の観賞に資するところがあれば幸いです。
2000年のカンヌで国際批評家連盟賞を受賞した3時間半を越える大作『EUREKA(ユリイカ)』、中上健次の「路地」を訪ねるドキュメンタリー『路地へ 中上健次の残したフィルム』、そしてクリス・カトラーの音楽の秘密に迫るヴィデオ作品『カオスの縁 June 12. 1998 – at the edge of chaos—』と、三本の新作が相次いで公開された青山真治監督のロング・インタビュー。『Helpless』から『EUREKA』へ、そこで何が変わり、何が変わることなく残ったのか?
2001年に『カイエ・デュ・シネマ・ジャポン』に一部掲載されたインタビューの完全版です。
インタビュー・構成:海老根 剛
かつてドイツ学術交流会(DAAD)の「友の会」の年報『ECHOS』に寄稿した小文のことを思い出したので蔵出しします。
DAAD東京事務所開設30周年を記念して発刊されたこの年報では、DAADの給費留学生としてドイツの大学に留学した人々がみずからの留学体験を振り返る文章を寄せていました。そこで私はベルリン・ジャンダルメンマルクトで体験した出来事について書いています。私が群集という主題に取り組むきっかけとなった出来事のひとつです。ご笑覧ください。
3月に続いて boid マガジンに映画評を寄稿しました。
今回取り上げたのは、昨年のカンヌ映画祭で大いに評判を呼び、国際的に批評的成功を収めたドイツ映画『ありがとう、トニ・エルドマン』(マーレン・アーデ監督)です。劇場公開前の掲載ということで、普段はまったく意に介さないのですが、一応ネタバレしないように配慮して書いています。
私はこの見事な作品の根底に、gnadenlos あるいは knallhart というドイツ語で形容するのがふさわしい感触を得ました。それはコメディの外観によって巧みに隠された眼差しの厳しさです。今回のレビューはこの感触をめぐって書かれています。同時にこの作品を背後で支える「コンプリーツェン・フィルム」という制作会社のこと、そして近年のドイツ映画に観察される才能豊かな女性監督の台頭についても触れています。
表象文化論学会の学会誌『表象』11号に書評を寄稿しました。竹峰義和氏の著書『〈救済〉のメーディウム––ベンヤミン、アドルノ、クルーゲ』(東京大学出版会)の内容を紹介しつつ、若干のコメントを加えています。(学会誌の書評ということで、少し生真面目に書きすぎたかな・・・という気も。)
boid マガジンに空族の最新作『バンコクナイツ』(富田克也監督)の批評を寄稿しました。
少し風変わりなタイトルですが、「理解すること」の問題性と「理解しないこと」のポテンシャルという観点から空族の実践と作品を考察しています。
東京では昨年末に公開され、関西ではこれから公開になるアルノー・デプレシャンの新作『あの頃エッフェル塔の下で』について、批評的な文章(「美しき廃墟の前で」)を『nobody』44号に寄稿しました。
この作品は国内外の映画批評家が選ぶ2015年のベストテンにもたびたび登場した秀作ですが、デプレシャンのこれまでの映画作りのエッセンスを凝縮したような、とても魅力的な作品になっています。私の論考ではデプレシャンの初期作品(特に『魂を救え!』と『そして僕は恋をする』)と関係づけならが、この作品が描き出す豊かな時間のイメージを考察しています。
このたびミネルヴァ書房の世界文化シリーズ第4巻として刊行された『ドイツ文化 55のキーワード』(宮田眞治、畠山寛、濱中春 編)に「ベルリン映画祭 都市の歴史とともに」という文章を寄稿しました。
2003年1月に死去した映画作家、モーリス・ピアラの遺作 Garçu (邦題『パパと呼ばないで』)を中心に、ピアラの映画作りを考察しています。nobody #8(2003年) に掲載されました。