1月 142020
 

雑誌『NOBODY』の恒例企画「2019年ベスト」に参加しました。
今年は昨年の映画に加えて2010年代の映画作品のベストも選出しています。
多彩なメンバーがいろいろな角度から作品を選んでコメントを寄せています。
ぜひご覧ください。

NOBODY 2019年ベスト

私のセレクションとコメントはこちらにも載せておきます。

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10月 292019
 

2019年7月7日(日)に京都大学で開催された第14回表象文化論学会でのパネル発表「ベルリン、大都市のポリフォニー──群衆の夢/個の記憶」の報告が掲載されています。私はコメンテーターとして参加しました。報告は山口庸子先生(名古屋大学)が執筆しています。

パネル報告「ベルリン、大都市のポリフォニー──群衆の夢/個の記憶」

ご覧ください。

7月 132019
 

2019年7月13日よりユーロスペースで公開される宮崎大祐監督の新作『TOURISM』のパンフレットにレビューを寄稿しました。

本作品は前作『大和(カリフォルニア}』の作品世界を引き継ぎつつも、まったく異なる仕方で作られていて、これまでの宮崎作品には見られなかった新しい魅力が爆発しています。私にとっての宮崎作品の魅力は、私たちが生きている「いま」の時間と場所の感覚を見事に切り取っている点にあります。前作が「ここ」の映画だったとすれば、今回の新作は「よそ」の映画であり、この二本の作品が描き出す「こことよそ」の感覚は、映画の主人公である若い女性たちにとってだけでなく、私にとってもとてもリアルなものです。軽快な小品でありながら、巨大な広がりを感じさせてくれる『TOURISM』をぜひ劇場でご覧ください。

それと、『VILLAGE ON THE VILLAGE』(2016 黒川幸則監督)、『夏の娘たち ひめごと』(2017 堀禎一監督)、『王国(あるいはその家について)』(2017 草野なつか監督)と近年の最重要作品の撮影を一手に引き受けている感のある渡邉寿岳さんが、今回も素晴らしい仕事をしています。こちらも注目です。

『TOURISM』は、ごく短期間で手早く仕上げられた小品という外見とは裏腹に、きわめて大胆な構想と野心に貫かれた快作だ。『TOURISM』は、『ゾンからのメッセージ』や『ワイルドツアー』と同様に、いまや明瞭な輪郭を失い、雲散霧消しつつあるようにすら思える「映画」を防壁で守られた閉域に匿う代わりに、〈いま〉の直中に深く沈め、そうすることでいまだ知られぬ映画の野生を探り当てようとする。そのさい『TOURISM』において映画を〈いま〉の直中へと誘うのは、観光客という存在である。観光客を通して、私たちの現在に特有の場所と移動の感覚が探求され、私たちと映像との関係の変容が浮き彫りにされるのである。(「観光客の惑星のピースフルな夜に」)

『TOURISM』公式ウェブサイト

<追記 2019. 08. 22>
9月8日に出町座で宮崎監督とトークします。
上映は17:45〜です。
ぜひご来場ください。 出町座HP  

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4月 052019
 

4月7日に出町座で行われる映画批評をめぐるラウンドテーブルに参加します。
当日はヴィルジル・ヴェルニエ監督の『ソフィア・アンティポリス』も上映されます。
多彩なゲストによるトークですので、面白い話になるのではないかと思います。
どうぞご来場ください。

またこの催しの一環として、同志社大学寒梅館ではクレール・ドゥニ作品の上映会も行われます。

「映画/批評月間 フランス映画の現在をめぐって in 関西 vol.1」

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2月 182019
 

大阪のシネ・ヌーヴォ、神戸の元町映画館、京都の出町座の共同企画として近年の若手映画監督の秀作を集めた特集上映「新世代映画ショーケース 2019」が開催されています。

「新世代映画ショーケース 2019」作品紹介とスケジュール

メジャー作品以外は興行的に苦戦することの多い関西圏で、三つのミニシアターが連携して企画を立案し、映画表現の可能性を探求する新しい映画作品と観客との出会いを組織しようとする意欲的かつ重要な試みだと思います。

私も微力ながら、出町座のプログラムに協力することになりました。2月24日の草野なつか監督の『王国』の上映後に監督を迎えてトークを行います。『王国(あるいはその家について)』は、リハーサルの映像によってフィクションを構築する実験であり、演技する者としての俳優の存在と映画との関係を問い直しながら、映画表現そのものの原理にまで触れる大胆不敵な作品です。長尺の作品でもあり、おそらくこの機会を逃すと関西ではなかなか見る機会がないと思いますので、劇場に足を運んでいただけると幸いです。

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11月 292018
 

同志社大学寒梅館と出町座でペーター・ネストラーの特集上映が開催されます。
これまでまとめて見る機会のなかった監督の代表作10作品と関連2作品が上映されます。
私は12月4日の寒梅館での上映後に行われる監督と渋谷哲也さんの対談に、通訳として協力する予定です。
貴重な機会ですので、ぜひご参加ください。

nestlerKyoto_poster<スケジュール>
19:00 上映
『外国人1 船と大砲』AUSLANDER TEIL 1
1976年/44分/デジタル
監督・撮影・編集:ペーター・ネストラー
脚本:チョーカ・ネストラー、ペーター・ネストラー

『空洞人』Die Hohlmenschen
2015年/5分/デジタル
監督:ペーター・ネストラー
製作:キントップ、イスラエル・ドイツ文化センター

◎上映後、トークあり
ゲスト:ペーター・ネストラー監督、渋谷哲也氏(ドイツ映画研究)、海老根剛氏(ドイツ文化研究・表象文化論/通訳)

<料金>
一般1500円、会員(Hardience、出町座)・学生1000円
*同志社大学学生・教職員(同志社内諸学校含む)無料

出町座のスケジュール

当日の模様が記事になりました(2019年2月17日追記)。

《ペーター・ネストラー監督特集in京都》2018年12月4日@同志社大学寒梅館クローバーホール

 

2月 222018
 

昨年(2017年)10月から事実上無料化していた boid のウェブマガジンですが、2018年1月から正式に無料のウェブマガジンになりました。

boidマガジン無料化のお知らせ

この変更の結果、私が昨年寄稿した二つの文章も無料で読めるようになっています。

映画川『ありがとう、トニ・エルドマン』

この世界を理解しないための長い助走 『バンコクナイツ』論

上記ページにある「無料講読する」をクリックして購読者になると、過去記事も含めてすべて無料で読むことができます。青山真治監督の日記をはじめ、面白い記事が多数掲載されていますので、ぜひご一読ください!

6月 182017
 

3月に続いて boid マガジンに映画評を寄稿しました。

今回取り上げたのは、昨年のカンヌ映画祭で大いに評判を呼び、国際的に批評的成功を収めたドイツ映画『ありがとう、トニ・エルドマン』(マーレン・アーデ監督)です。劇場公開前の掲載ということで、普段はまったく意に介さないのですが、一応ネタバレしないように配慮して書いています(少なくとも本人としては、そのつもりです)。私はこの見事な作品の根底に、gnadenlos あるいは knallhart というドイツ語で形容するのがふさわしい感触を得ました。それはコメディの外観によって巧みに隠された眼差しの厳しさです。今回のレビューはこの感触をめぐって書かれていますが、同時にこの作品を背後で支える「コンプリーツェン・フィルム」という制作会社のこと、そして近年のドイツ映画に観察される才能豊かな女性監督の台頭についても触れています。

『ありがとう、トニ・エルドマン』で、マーレン・アーデが断固として拒否していることがひとつある。それは改心と和解の物語を語ることである。家族との絆も人生の幸福も顧みることなく世界中を飛び回り、ビジネスエリートとしてのキャリアを追求している一人の女性が、突然生活に介入してきた父親との衝突を通して改心し、ついには家族の価値と人間らしさを取り戻すという物語。『ありがとう、トニ・エルドマン』は、そうした物語から最大限の距離を取ろうとする。この映画でイネスはまったく改心しない。彼女は彼女のままであり、父親の生きる世界と娘の生きる世界との懸隔が解消されることもない。この事実をアーデは誤解の余地のない仕方で観客に示している。イネスがマッキンゼーに転職し、シンガポールに移住する予定であることを、私たちは映画の最後で知るのである。
ここにいたって私たちは、『ありがとう、トニ・エルドマン』のもうひとつの容赦のなさに触れることになる。すなわち、父と娘の関係を見つめるマーレン・アーデの眼差しの容赦のなさに。父と娘の人生は、二人の人間の別々の人生であり、父親が何を望もうと勝手だが、それで娘の人生を変えることなどできはしない。父と娘が選びとったそれぞれの人生の軌跡がいつしか乖離し、二人の生きる世界が隔絶してしまうとき、彼らにできるのは、その事実を肯定することでしかない。父親が娘に与えたものがあり、娘が父親に与えたものもある。父と娘はそれを携えながら、それぞれの人生を歩むしかない。

有料のウェブマガジンの記事ではありますが、ご一読いただけると嬉しいです。

ちなみに同じ号に掲載されている青山真治監督の連載日記「宝ヶ池の沈まぬ亀」が素晴らしい読みごたえです。この日記を読むためだけでも十分に講読の価値があると思います。是非。

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4月 212017
 

表象文化論学会の学会誌『表象』11号に書評を寄稿しました。竹峰義和氏の著書『〈救済〉のメーディウム––ベンヤミン、アドルノ、クルーゲ』(東京大学出版会)の内容を紹介しつつ、若干のコメントを加えています。(学会誌の書評ということで、少し生真面目に書きすぎたかな・・・という気も。)

本書はフランクフルト学派の展開を思想家の系譜(ベンヤミン、アドルノ、ホルクハイマー、マルクーゼ、ハバーマス、ホネット等)に基づいて概観する従来のアプローチとは明確に一線を画し、ベンヤミン、アドルノ、クルーゲが形作る−−思想史と映画史の境界を横断する−−布置のもとで、フランクフルト学派の思考のアクチュアリティを探求しています。なぜひとはアドルノの文化産業論に今なおムキになって反論せずにはいられないのかという問題をアドルノのテクストに仕組まれたレトリカルな戦略の分析を通して考察する一章も痛快ですが、個人的には、ベンヤミンの複製技術論文の緻密な読解に大いに刺激を受けました。 repre11

また現在も精力的に活動を継続している映画作家アレクサンダー・クルーゲの広範な仕事についての議論を日本語環境に本格的に導入した点も、本書の功績に挙げられるでしょう。同様に重要かつユニークなドイツの映画作家ハルーン・ファロッキの仕事は、日本でもそこそこ紹介されていますが、クルーゲの多面的な活動の全貌はいまだ未知の大陸にとどまっています。この本をきっかけにして、日本でもクルーゲの仕事への関心が高まり、作品を見ることのできる機会が増えていくと良いと思います。

なお今号の『表象』から、私も編集委員の一人として編集作業に関わっています。特集から投稿論文、書評まで、非常に中身の濃い充実した内容になっていますので、お手にとっていただけると幸いです。

3月 182017
 

このたび boid マガジンに空族の最新作『バンコクナイツ』(富田克也監督)のレビューを寄稿しました。 少し風変わりなタイトルですが、「理解すること」の問題性、「理解しないこと」のポテンシャルという観点からこの作品を考察しています。

空族の映画の力は世界を理解しないことにある。空族にとって、このクソのような世界を「理解する」ことは、それ自体ですでに「同意する」ことを意味しており、断じて受け入れることのできない事柄である。「グローバル化した現代世界は理解するのが難しい。普通の人々にも理解できるように、エリートは平明な言葉でグローバル化の恩恵を説明すべきだ」。世界各地でポピュリズムが台頭するのを目の当たりにして、多くの人々がそう語っている。しかし事実はまったく逆なのだ。私たちはあまりにも簡単にすべてを理解してしまう。そして理解することで、同意を与えてしてしまう。この世界がクソであることの原因の一端は、私たちがあまりに「物分かりがよい」ことにある。だとすれば、「世界を理解しない力」を獲得することは、このクソである世界を変える第一歩になるはずだ。何事も140字もあれば説明可能だとみなされている現代では、世界を理解しないことのほうがはるかに難しい。世界を理解しないでいること。それは怠惰であるどころか、途方もない量の労働と、思考のエネルギーを必要とする。空族の実践が示しているのはそのことである。

このレビューでは空族の映画実践への私なりの見方も示していますので、空族論としても読めると思います。関西圏での公開はこれからになります。ぜひ映画館でご覧になっていただきたい作品です。有料のウェブマガジンの配信記事となりますが、ご一読いただけると嬉しいです。ちなみにboid マガジンには空族の『バンコクナイツ』撮影日誌「潜行一千里」(全44回)も連載されていますので、そちらもぜひ。