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Masse

論集『「群集」を再訪する — ただしパトスなしに』が刊行されました

2024年秋に日本独文学会で開催されたシンポジウムにもとづく論集がオンライン刊行されました。同シンポジウムでは、2000年代以降に人文学諸分野で生じた群集(Masse)という主題の再浮上と、それに伴う19世紀末以来の群集をめぐる思考の枠組みの捉え直しに注目し、集団の行動 (ふるまい)に関する新たな知見も視野に収めつつ、今日的な視点から両大戦間のドイツ語圏の文学にみられる群集表象を再検討することを試みました。本論集はそこでの発表をベースにしつつも、全面的に改稿された論考から構成されています。具体的には、アルフレート・デープリン、ヘルマン・ブロッホ、エルンスト・ユンガー、フロイト、マルティン・ケッセル、クラカウアーといった作家のテクストに現れる群集の表象と群集をめぐる思考が論じられます。

シンポジウム「「群集」を再訪する ーただしパトスなしに」で発表します

日本独文学会秋季研究発表会でシンポジウム「シンポジウム「「群集」を再訪する——ただしパトスなしに / 両⼤戦間期ドイツ語圏の⽂学における群集表象の再検討」で研究発表を行います。
このシンポジウムでは、2000 年代以降に⼈⽂学諸分野で⽣じた群集(Masse)とい う主題の再浮上と、それに伴う 19 世紀末以来の群集をめぐる思考の枠組みの再検討、および集団の⾏動に関する新たな知⾒の形成を念頭において、両⼤戦間のドイツ語圏の⽂学にみられる群集表象を読み直すことを試みます。

Der Wandel von Kollektivbildern in der Weimarer Republik
Eine Imaginationsgeschichte der Masse und ihre Revision

In diesem Aufsatz soll in komprimierter Weise skizziert werden, wie sich die dominanten Kollektivbilder im Laufe der Weimarer Republik wandelten. Dabei werden die jeweiligen Bilder anhand von vier Gesichtspunkten charakterisiert: (1) Gegensatz von Individuum und Masse, (2) Verhältnis von Mensch und Technik, (3) Polarität von Gemeinschaft und Gesellschaft, (4) Problematik des Führers. Am Ende sollen auch einige Ansätze genannt werden, die Imaginationsgeschichte der Masse neu zu denken.

「ベルリン、大都市のポリフォニー ──群衆の夢/個の記憶」

2019年7月7日(日)に京都大学で開催された第14回表象文化論学会でのパネル発表「ベルリン、大都市のポリフォニー──群衆の夢/個の記憶」の報告が掲載されています。私はコメンテーターとして参加しました。報告は山口庸子先生(名古屋大学)が執筆しています。 パネル報告「ベルリン、大都… Read More »「ベルリン、大都市のポリフォニー ──群衆の夢/個の記憶」

「大衆をほぐす」ー シアトロクラシーと映画(館)

大阪大学美学研究室が企画・編集している学術誌『a+a 美学研究』(第12号)に論文を寄稿しました。本号の『a+a 美学研究』では、「シアトロクラシー 観客の美学と政治学」という標題のもと、思想、演劇、オペラ、映画、アートにおける観客の問題を考察する刺激的な論考が集められています。本論文では、従来、演劇との関係で議論されることの多かったシアトロクラシーの問いを、映画(館)とその観客をめぐる考察に導入することが試みました。

千の声、千の眼差しがひとつになるとき −ジャンダルメン・マルクトでの出来事−

かつてドイツ学術交流会(DAAD)の「友の会」の年報『ECHOS』に寄稿した小文のことを思い出したので蔵出しします。
DAAD東京事務所開設30周年を記念して発刊されたこの年報では、DAADの給費留学生としてドイツの大学に留学した人々がみずからの留学体験を振り返る文章を寄せていました。そこで私はベルリン・ジャンダルメンマルクトで体験した出来事について書いています。私が群集という主題に取り組むきっかけとなった出来事のひとつです。ご笑覧ください。

群集の行動とディスポゼッションの理論
ヴァイマル共和国時代の群集表象の批判的再検討にむけて

このたび大学の紀要に「群集の行動とディスポゼッションの理論 −ヴァイマル共和国時代の群集表象の批判的再検討にむけて−」というタイトルの論文を執筆しました。これは私が従来から取り組んでいるヴァイマル共和国時代の群集をめぐる言説史的研究に関連し、その理論的枠組をアップデートするために書かれたものです。近年、世界各地の都市で展開した新しいタイプの抗議運動を背景として、人々の「共同行動」や集団のパフォーマンスをめぐる理論的考察が活性化していますが、この論考ではそうした近年の理論的動向から特にジュディス・バトラーの「集会」(assembly)と「蜂起」(uprising)をめぐる考察を取り上げ、そこで提出されている理論的枠組や視座が、ヴァイマル共和国時代の群集をめぐる言説の分析にいかなる寄与をなしうるのかを検討しています。
あくまでも予備的な考察という位置づけの論考ですが、ご笑覧いただけると幸いです。

忘我・交通・形象
ヴァイマル共和国時代のドイツにおける群集論の展開

ようやく二冊の大著の翻訳が終わるので、ずっと放置していた博士論文の加筆修正および出版に向けた作業を始めようと思います。ここではひとまず論文目次(詳細版)を掲載してみます。論文の詳細な内容について、ご関心をお持ちの方はご連絡ください。

群集と〈交通〉
ヴァイマル共和国中期における群集論の変容

本論文は、20世紀前半のドイツ語圏において生み出された群集をめぐる思考の展開を考察する研究の一部です。ここでは、1920年代の中頃に形成された群集論の新たなパラダイムについて考察しています。
『表現文化』(大阪市立大学大学院文学研究科表現文化学教室) no. 2.、2007年に掲載。

群集・革命・権力
1920年代のドイツとオーストリアにおける群集心理学と群集論

Neue Beiträge zur Germanistik(ドイツ文学)130号(2006年)の特集「群集と観相学/群集の観相学」(平野嘉彦責任編集)のために執筆した論文です。
特集は近代の群集論を「ベンヤミン・モデル」と「カネッティ・モデル」に分類し、ドイツ語圏の作家・思想家を中心にそれぞれのタイプの群集論の歴史的展開を考察しています。扱われている作家・思想家は、江戸川乱歩、萩原朔太郎、ルソー、ボードレール、ル・ボン、タルド、ポー、ホフマン、グリルパルツァー、ベンヤミン、デーブリーン、クライスト、ティリヒ、ガイガー、フェーデルン、フロイト、H・ブロッホ、カネッティなどです。かなり充実した特集になっております。私は群集心理学の章を担当しました