performance

メディア技術に媒介された文化におけるライヴ・パフォーマンス(フィリップ・オースランダー)

このたび授業用教材として翻訳したフィリップ・オースランダーの文章を公開します。 Philip Auslander: Liveness. Performance in A Mediatized Culture (Second Edition, 2008) の第2章 “Live performance in a mediatized culture” の部分訳です。オースランダーの著作は複製技術メディアとライヴ的なものの関係を議論するさいの基本文献として、いまなお重要性を失っていないと思います。今回はオースランダーによるライヴ性(Liveness)概念の再検討の中核をなす部分を取り出して訳出しています。

『王国』(草野なつか監督)@「新世代映画ショーケース 2019」

「新世代映画ショーケース」は、メジャー作品以外は興行的に苦戦することの多い関西圏で、三つのミニシアターが連携して企画を立案し、映画表現の可能性を探求する新しい映画作品と観客との出会いを組織しようとする意欲的かつ重要な試みです。
私も微力ながら、出町座のプログラムに協力することになりました。2月24日の草野なつか監督の『王国』の上映後に監督を迎えてトークを行います。

弁天座の谷崎潤一郎 
昭和初年の「新しい観客」をめぐる一試論

本論文は大阪市立大学都市文化研究センターによる研究プロジェクト「伝統芸能の近代化とメディア環境」の成果物です。
本論文の根底にある問題関心は、近代以降の視聴覚的メディア環境に慣れ親しんだ(そして義太夫の音曲的側面には疎遠な)観客の出現をめぐる歴史的考察であり、とりわけ近代の大都市とメディアの経験によって形作られる感受性(モダニティの感受性)を内面化した「新しい(無知な)観客」と人形浄瑠璃の出会いを跡づけることです。
今回の論文では、特に御霊文楽座焼失と四ツ橋文楽座の開場のあいだ、道頓堀の弁天座で文楽座が興行した昭和初年の数年間を、人形浄瑠璃の近代における重要な移行期とみなし、その当時姿を現しつつあった「新しい観客」と人形浄瑠璃との出会いをモダニティの観点から考察しています。そのさい本論では、谷崎潤一郎を弁天座時代に人形浄瑠璃を発見した「新しい観客」の(必ずしも典型的ではない)一事例として検討します。

Erfindung von „Girl-Kultur“
Eine vergleichende Betrachtung des Amerikanisierungsdiskurses der Zwischenkriegszeit in Deutschland und Japan

In diesem Aufsatz geht es um eine komplexe, kulturspezifische Dynamik der “Amerikanisierung”. Im Aufsatz soll eine vergleichende Betrachtung der Amerikanisierungsdiskurse in Deutschland und Japan in den 1920er und früheren 30er Jahren unternommen werden. Hier werden die Amerikanismusdebatte und die Thematisierung von „Girls“ als Sinnbild der amerikanischen und auch amerikanisierten Kultur in den beiden Ländern skizziert. (In: Transkulturalität. Identitäten in neuem Licht. 2012 Iudicium Verlag München, S. 543-549.)