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映画が姿をあらわすとき
『FUGAKU』シリーズのためのいくつかの補助線

青山真治監督が多摩美術大学で教鞭を執っていたときに学生たちと制作したした『FUGAKU』シリーズが、ストリーミングサイト GHOST STREAM で配信されることになりました。配信開始に合わせて、3つの中編からなるこのシリーズのユニークな魅力について、いくつかの切り口から考察しました。作品鑑賞と合わせてご一読いただければ幸いです。

アメリカのミュージカル映画のスタイル(リック・アルトマン)

授業で使用するために日本語に訳した文章を公開します。今回翻訳したのは、Rick Altman: The American Film Musical. (Indiana University Press, 1987) の第4章 The Style of the American Film Musical にある “Audio Dissolve” と題された1節… Read More »アメリカのミュージカル映画のスタイル(リック・アルトマン)

メディア技術に媒介された文化におけるライヴ・パフォーマンス(フィリップ・オースランダー)

授業用教材として翻訳したフィリップ・オースランダーの文章を公開します。 Philip Auslander: Liveness. Performance in A Mediatized Culture (Second Edition, 2008) の第2章 “Live performance in a mediatized culture” の部分訳です。オー… Read More »メディア技術に媒介された文化におけるライヴ・パフォーマンス(フィリップ・オースランダー)

名前のない街、顔のない女 『VIDEOPHOBIA』試論

宮崎大祐監督の新作『VIDOEPHOBIA』について、批評的論考を boid マガジンに寄稿しました。 極端に個性的なランドマーク的景観と極端に没個性な匿名的景観が隣り合う大阪特有の都市空間に、映画がどのようにアプローチしうるのかという点でも非常に興味深い作品になっています。『大和(カリフォルニア)』や『TOURISM』で磨かれた現代の都市空間への眼差しが、… Read More »名前のない街、顔のない女 『VIDEOPHOBIA』試論

映画川 『大和(カリフォルニア)』

boidマガジンに映画評を寄稿しました。今回は宮崎大祐監督の『大和(カリフォルニア)』について書いています。本作は2018年4月7日より、新宿のK’s cinema を皮切りに全国6都市の映画館で順次公開されることになっています。米軍厚木基地の立地である大和市を舞台にしたこの作品は、日本とアメリカの関係を主題にした作品としてだけでなく、今日の地方都市の匿名的… Read More »映画川 『大和(カリフォルニア)』

『名前のない森』短評(ベルリン映画祭報告より)

京都みなみ会館の「さよなら興行」で青山真治監督の『名前のない森』が久方ぶりに上映されるということなので、かなり以前に書いた文章を発掘しました。 この短文の批評は 2002年に boid.net(旧サイト時代)に掲載された「ベルリン映画祭報告」の一部で、ちょうどベルリン留学中だった私は、フォーラム部門に出品された本作品の上映に駆けつけたのでした。そして1回見た… Read More »『名前のない森』短評(ベルリン映画祭報告より)

千の声、千の眼差しがひとつになるとき −ジャンダルメン・マルクトでの出来事−

かつてドイツ学術交流会(DAAD)の「友の会」の年報『ECHOS』に寄稿した小文のことを思い出したので蔵出しします。 DAAD東京事務所開設30周年を記念して発刊されたこの年報では、DAADの給費留学生としてドイツの大学に留学した人々がみずからの留学体験を振り返る文章を寄せていました。そこで私はベルリン・ジャンダルメンマルクトで体験した出来事について書いてい… Read More »千の声、千の眼差しがひとつになるとき −ジャンダルメン・マルクトでの出来事−

映画川『ありがとう、トニ・エルドマン』

3月に続いて boid マガジンに映画評を寄稿しました。 今回取り上げたのは、昨年のカンヌ映画祭で大いに評判を呼び、国際的に批評的成功を収めたドイツ映画『ありがとう、トニ・エルドマン』(マーレン・アーデ監督)です。劇場公開前の掲載ということで、普段はまったく意に介さないのですが、一応ネタバレしないように配慮して書いています。 私はこの見事な作品の根底に、gn… Read More »映画川『ありがとう、トニ・エルドマン』

〈貧しきひと〉に導かれて
『神の道化師、フランチェスコ』

いまだその驚くべき豊かさで私たちを圧倒してやまない映画作品『神の道化師、フランチェスコ』(ロベルト・ロッセリーニ監督、1950年)。その魅力を探る批評的エッセイです。 nobody #15(2004年) に掲載されました。ここに公開するバージョンでは、初出原稿に若干の加筆・訂正が加えられています。

『夜光』について

2010年1月に横浜で開催された映画祭「未来の巨匠たち」で上映された桝井孝則監督作品『夜光』に拙文を寄せました。執筆・掲載が遅かったので紹介文としての役目はあまり果たせませんでしたが。映画祭の公式サイトがいつまであるのかわからないので、こちらにも転載しておきます。なお、公式サイト掲載のものとは若干表現の異なる箇所があります。『夜光』はまだこれからもきっと上映… Read More »『夜光』について