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複製芸術論文を脱アウラ化する書評『ベンヤミンの映画俳優論』
日本映像学会の学会誌『映像学』115号に書評を執筆しました。取り上げたのは、長谷正人氏の著書『ベンヤミンの映画俳優論──複製芸術論文を読み直す』(岩波書店)です。
【イベント開催】映画と人形浄瑠璃が出会う場所@出町座
来たる1月24日(土曜日)に出町座でブックイベントをすることになりました。拙著『人形浄瑠璃の「近代」が始まったころ 観客からのアプローチ』が第35回吉田秀和賞を受賞したのを記念して、人形浄瑠璃と映画の出会いについて私が考えていることをご紹介する機会を作っていただきました。 映画と人形浄瑠璃が出会う場所『人形浄瑠璃の「近代」が始まったころ日時:2026年1月2… Read More »【イベント開催】映画と人形浄瑠璃が出会う場所@出町座
ディズニー・フォーマリズム(クリス・パラント)
授業で使用する教材として日本語に訳した文章を公開します。今回訳出したのは、クリス・パラント著『ディズニーを脱神話化する』の第3章「ディズニー・フォーマリズム」です。『白雪姫』、『ピノキオ』、『ダンボ』、『バンビ』の4作品で確立されたディズニー・アニメーションのスタイル(ハイパーリアリズム)の特徴が、「ディズニー・フォーマリズム」という概念のもと、具体的に論じ… Read More »ディズニー・フォーマリズム(クリス・パラント)
【刊行】『人形浄瑠璃の「近代」が始まったころ 観客からのアプローチ』
和泉書院から書籍を刊行しました。大正末期から昭和十年代にいたる人形浄瑠璃の歩みを観客史の観点から論じた著作です。タイトルが示す通り、演者や興行主ではなく、劇場で舞台を楽しんでいた観客たちの経験に注目して、人形浄瑠璃の「近代」の始まりを描き出しています。古典芸能を愛する人だけでなく、古典芸能なるものに違和感(胡散臭さ)を感じている人にとっても面白く読める本にな… Read More »【刊行】『人形浄瑠璃の「近代」が始まったころ 観客からのアプローチ』
若くあることと老いていること 三宅監督の『1999』についてのメモ
すでに5月。2月くらいからここまで猛烈に忙しい。頭はフルに使っているのでまったく退屈することはないけれども、映画について書く時間がなかなか取れない。とはいえ、あんまりなにもしないでいると批評の運動神経が鈍るので、三日前に見た三宅唱監督の作品について簡単に書いてみよう。 三宅監督が中学三年の時に作ったという『1999』のことである。この作品はかなり有名で、これ… Read More »若くあることと老いていること 三宅監督の『1999』についてのメモ
シンポジウム「ダンスと人形」で発表します
2023年3月18日に名古屋芸術文化センターで開催されるダンス・スコーレ特別講座・公開シンポジウム「ダンスと人形」で発表を行います。第二次世界大戦以前の歴史的アヴァンギャルドにおける「動き」の表現 を、「人形」あるいは「人形的なもの」との関係で考察することがシンポジウムの全体テーマであるようです。私は人形浄瑠璃の動きの表現と歴史的アヴァンギャルドにおける人形… Read More »シンポジウム「ダンスと人形」で発表します
隔てる音と架橋する声 / 『ケイコ 目を澄ませて』
三宅唱監督の『ケイコ 目を澄ませて』(2022年)が音の映画であることはすでに各所で論じられているし、監督自身も音の重要性について語っているけれども、この映画の「音声」において、「音」と「声」が対極的とも言える機能を担っていることは、あまり語られていないように思う。私が映画館(いつもの出町座!)で見て気づいたことを簡単にメモしておきたい。 観客にとって、こ… Read More »隔てる音と架橋する声 / 『ケイコ 目を澄ませて』
描出と再現(ミシェル・シオン)
授業で使用する教材として日本語に訳した文章を公開します。今回訳出したのは、ミシェル・シオン『オーディオ-ヴィジョン』(L’Audio-Vision)第1部・第5章にある「描出と再現」と題された一節です。ここでシオンは「描出」という概念に基づいて映画の音を再考しています。映像と音声の全面的なデジタル化の進展の初期に書かれた文章ですが、「実写」映画とアニメーショ… Read More »描出と再現(ミシェル・シオン)
〈いま〉と〈ここ〉の複層性への旅 『映画愛の現在』三部作(佐々木友輔監督)
新作であれ旧作であれ、映画館で作品が公開されるタイミングというのは、「映画が生まれつつあるいまこのとき」といった意味合いで語られる「映画の現在」とはほとんと関係がない。ある作品がある特定の時点に私たちのもとに届くのは、市場(資本主義)がそれを望んだからであって、作品に内在する何らかの必然性がそれを要求したからではない。なので、ほとんどの場合、ある作品を劇場公… Read More »〈いま〉と〈ここ〉の複層性への旅 『映画愛の現在』三部作(佐々木友輔監督)
メディア技術に媒介された文化におけるライヴ・パフォーマンス(フィリップ・オースランダー)
授業用教材として翻訳したフィリップ・オースランダーの文章を公開します。 Philip Auslander: Liveness. Performance in A Mediatized Culture (Second Edition, 2008) の第2章 “Live performance in a mediatized culture” の部分訳です。オー… Read More »メディア技術に媒介された文化におけるライヴ・パフォーマンス(フィリップ・オースランダー)
野生の映画/映画の野生
nobody 33号(2010年)のエリック・ロメール追悼特集に寄稿しました。「sauvageなもの」(野生なもの)という観点から、ロメール作品に潜在する〈飼いならされざるもの〉の力を考察しています。主に論じられているのは、『レネットとミラベルの四つの冒険』、『聖杯伝説』、『緑の光線』、『グレースと公爵』の4作品です。なお、ウェブ掲載にあたって本文に若干の修… Read More »野生の映画/映画の野生











