3月 062018
 

かつてドイツ学術交流会(DAAD)の「友の会」の年報『ECHOS』に寄稿した小文のことを思い出したので蔵出しします。

この年報はDAAD東京事務所開設30周年を記念して、DAADの給費留学生としてドイツの大学に留学した人が自身の留学体験を振り返るという体裁の文章が集められた小冊子ですが、そこで私はベルリン・ジャンダルメンマルクトで体験した出来事について書いています。私が群集という主題に取り組むことになったきっかけのひとつです。ご笑覧ください。

続きを読む

5月 172017
 

このたび大学の紀要に「群集の行動とディスポゼッションの理論 −ヴァイマル共和国時代の群集表象の批判的再検討にむけて−」というタイトルの論文(研究報告)を執筆しました。これは私が従来から取り組んでいるヴァイマル共和国時代の群集をめぐる言説史的研究に関連し、その理論的枠組をアップデートするために書かれたものです。近年、世界各地の都市で展開した新しいタイプの抗議運動を背景として、人々の「共同行動」や集団のパフォーマンスをめぐる理論的考察が活性化していますが、この論考ではそうした近年の理論的動向から特にジュディス・バトラーの「集会」(assembly)と「蜂起」(uprising)をめぐる考察を取り上げ、そこで提出されている理論的枠組や視座が、ヴァイマル共和国時代の群集をめぐる言説の分析にいかなる寄与をなしうるのかを検討しています。

あくまでも予備的な考察という位置づけの論考ですが、ご笑覧いただけると幸いです。

群集の行動とディスポゼッションの理論(機関リポジトリ)  

6月 082012
 

"Erfindung von „Girl-Kultur“. Eine vergleichende Betrachtung des Amerikanisierungsdiskurses der Zwischenkriegszeit in Deutschland und Japan." Verfasst von EBINE Takeshi (Osaka City University).

In diesem Aufsatz geht es um eine komplexe, kulturspezifische Dynamik der "Amerikanisierung". Im Aufsatz soll eine vergleichende Betrachtung der Amerikanisierungsdiskurse in Deutschland und Japan in den 1920er und früheren 30er Jahren unternommen werden. Hier werden die Amerikanismusdebatte und die Thematisierung von „Girls“ als Sinnbild der amerikanischen und auch amerikanisierten Kultur in den beiden Ländern skizziert. (In: Transkulturalität. Identitäten in neuem Licht. 2012 Iudicium Verlag München.)

Read this article

PDF version

12月 272011
 

青山真治監督のサイコスリラーは映画についての考察であり、同時に『EUREKA』に直接つながる重要な実験でもあった。あまり論じられることのない青山作品についての批評的エッセイです。『路地へ』と『カオスの縁』にも触れています。初出は2001年です。

本文を読む

12月 212011
 

映画は都市といかなる関係を結びうるのか? 映画とマドリードの関係の変容を辿りながら、ペドロ・アルモドバルのフィクションの変遷を考察します。『ライブ・フレッシュ』の日本公開に合わせて1998年に発表された論考です。

本文を読む

12月 162011
 

テクストからフィルムへ、一個の心臓が密輸される。そして、このよそ者の侵入とともに、いたるところで数々の多様な侵入の端緒が開かれる。ジャン=リュック・ナンシーのエッセイをクレール・ドゥニはどのように映画化したのか。nobody #17 (2005年)に掲載。

本文を読む