1月 182020
 

宮崎大祐監督の『TOURISM』(2019年公開)のパンフレットに寄稿した批評文の増補改訂版を「観光客の惑星のピースフルな夜に −『TOURISM』試論」として公開します。『TOURISM』のメインの劇場公開は終わってしまいましたが、これからも特集企画などで上映される機会があると思います。その際にはぜひご覧ください。映画だけでなく、他の領域でなされている多様なクリエーションと接続するいくつもの入り口を備えた魅力的な作品です。今年は宮崎監督の新作『VIDEOPHOBIA』が公開予定ということなので、そちらもどうぞお見逃しなく。

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1月 142020
 

雑誌『NOBODY』の恒例企画「2019年ベスト」に参加しました。
今年は昨年の映画に加えて2010年代の映画作品のベストも選出しています。
多彩なメンバーがいろいろな角度から作品を選んでコメントを寄せています。
ぜひご覧ください。

NOBODY 2019年ベスト

私のセレクションとコメントはこちらにも載せておきます。

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10月 292019
 

2019年7月7日(日)に京都大学で開催された第14回表象文化論学会でのパネル発表「ベルリン、大都市のポリフォニー──群衆の夢/個の記憶」の報告が掲載されています。私はコメンテーターとして参加しました。報告は山口庸子先生(名古屋大学)が執筆しています。

パネル報告「ベルリン、大都市のポリフォニー──群衆の夢/個の記憶」

ご覧ください。

7月 132019
 

2019年7月13日よりユーロスペースで公開される宮崎大祐監督の新作『TOURISM』のパンフレットにレビューを寄稿しました。

本作品は前作『大和(カリフォルニア}』の作品世界を引き継ぎつつも、まったく異なる仕方で作られていて、これまでの宮崎作品には見られなかった新しい魅力が爆発しています。私にとっての宮崎作品の魅力は、私たちが生きている「いま」の時間と場所の感覚を見事に切り取っている点にあります。前作が「ここ」の映画だったとすれば、今回の新作は「よそ」の映画であり、この二本の作品が描き出す「こことよそ」の感覚は、映画の主人公である若い女性たちにとってだけでなく、私にとってもとてもリアルなものです。軽快な小品でありながら、巨大な広がりを感じさせてくれる『TOURISM』をぜひ劇場でご覧ください。

それと、『VILLAGE ON THE VILLAGE』(2016 黒川幸則監督)、『夏の娘たち ひめごと』(2017 堀禎一監督)、『王国(あるいはその家について)』(2017 草野なつか監督)と近年の最重要作品の撮影を一手に引き受けている感のある渡邉寿岳さんが、今回も素晴らしい仕事をしています。こちらも注目です。

『TOURISM』は、ごく短期間で手早く仕上げられた小品という外見とは裏腹に、きわめて大胆な構想と野心に貫かれた快作だ。『TOURISM』は、『ゾンからのメッセージ』や『ワイルドツアー』と同様に、いまや明瞭な輪郭を失い、雲散霧消しつつあるようにすら思える「映画」を防壁で守られた閉域に匿う代わりに、〈いま〉の直中に深く沈め、そうすることでいまだ知られぬ映画の野生を探り当てようとする。そのさい『TOURISM』において映画を〈いま〉の直中へと誘うのは、観光客という存在である。観光客を通して、私たちの現在に特有の場所と移動の感覚が探求され、私たちと映像との関係の変容が浮き彫りにされるのである。(「観光客の惑星のピースフルな夜に」)

『TOURISM』公式ウェブサイト

<追記 2019. 08. 22>
9月8日に出町座で宮崎監督とトークします。
上映は17:45〜です。
ぜひご来場ください。 出町座HP  

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4月 052019
 

4月7日に出町座で行われる映画批評をめぐるラウンドテーブルに参加します。
当日はヴィルジル・ヴェルニエ監督の『ソフィア・アンティポリス』も上映されます。
多彩なゲストによるトークですので、面白い話になるのではないかと思います。
どうぞご来場ください。

またこの催しの一環として、同志社大学寒梅館ではクレール・ドゥニ作品の上映会も行われます。

「映画/批評月間 フランス映画の現在をめぐって in 関西 vol.1」

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2月 182019
 

大阪のシネ・ヌーヴォ、神戸の元町映画館、京都の出町座の共同企画として近年の若手映画監督の秀作を集めた特集上映「新世代映画ショーケース 2019」が開催されています。

「新世代映画ショーケース 2019」作品紹介とスケジュール

メジャー作品以外は興行的に苦戦することの多い関西圏で、三つのミニシアターが連携して企画を立案し、映画表現の可能性を探求する新しい映画作品と観客との出会いを組織しようとする意欲的かつ重要な試みだと思います。

私も微力ながら、出町座のプログラムに協力することになりました。2月24日の草野なつか監督の『王国』の上映後に監督を迎えてトークを行います。『王国(あるいはその家について)』は、リハーサルの映像によってフィクションを構築する実験であり、演技する者としての俳優の存在と映画との関係を問い直しながら、映画表現そのものの原理にまで触れる大胆不敵な作品です。長尺の作品でもあり、おそらくこの機会を逃すと関西ではなかなか見る機会がないと思いますので、劇場に足を運んでいただけると幸いです。

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11月 292018
 

同志社大学寒梅館と出町座でペーター・ネストラーの特集上映が開催されます。
これまでまとめて見る機会のなかった監督の代表作10作品と関連2作品が上映されます。
私は12月4日の寒梅館での上映後に行われる監督と渋谷哲也さんの対談に、通訳として協力する予定です。
貴重な機会ですので、ぜひご参加ください。

nestlerKyoto_poster<スケジュール>
19:00 上映
『外国人1 船と大砲』AUSLANDER TEIL 1
1976年/44分/デジタル
監督・撮影・編集:ペーター・ネストラー
脚本:チョーカ・ネストラー、ペーター・ネストラー

『空洞人』Die Hohlmenschen
2015年/5分/デジタル
監督:ペーター・ネストラー
製作:キントップ、イスラエル・ドイツ文化センター

◎上映後、トークあり
ゲスト:ペーター・ネストラー監督、渋谷哲也氏(ドイツ映画研究)、海老根剛氏(ドイツ文化研究・表象文化論/通訳)

<料金>
一般1500円、会員(Hardience、出町座)・学生1000円
*同志社大学学生・教職員(同志社内諸学校含む)無料

出町座のスケジュール

当日の模様が記事になりました(2019年2月17日追記)。

《ペーター・ネストラー監督特集in京都》2018年12月4日@同志社大学寒梅館クローバーホール

 

4月 032018
 

boidマガジンに映画評を寄稿しました。今回は宮崎大祐監督の『大和(カリフォルニア)』について書いています。本作は2018年4月7日より、新宿のK’s cinema を皮切りに全国6都市の映画館で順次公開されることになっています。米軍厚木基地の立地である大和市を舞台にしたこの作品は、日本とアメリカの関係を主題にした作品としてだけでなく、今日の地方都市の匿名的で貧しい風景と映画がいかに向き合うのかという点でも、ヒップホップの思想と音楽性を物語の中枢に導入する試みとしても、非常に野心的な作品になっています。
登録なしに無料で読むことができますので、ご一読いただけるとうれしいです。

『大和(カリフォルニア)』というタイトルは、単に実在する二つの場所の名称を組み合わせることで、日本とアメリカという二つの国の関係を示唆しているにすぎないのではない。私たちはむしろ、「大和(カリフォルニア)」という言葉を、この作品がはじめて切り開く未知の土地の名として理解すべきだろう。本作は米軍基地に隣接する都市に生きる若者たちのドキュメンタリー的なポートレートではない。この作品で宮崎監督が試みているのは、「大和」を「カリフォルニア」によって二重化することで解き放たれる「フィクションの力」に賭けることなのである。現実をフィクションによって二重化し、距離化することで、アイデンティティーと社会的プロファイリングの牢獄から登場人物を解放し、「ホーム」の経験を語る別のやり方を発見すること。これが『大和(カリフォルニア)』の挑戦であり、本作はそれに成功している。

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3月 212018
 

 京都みなみ会館の「さよなら興行」で青山真治監督の『名前のない森』が久方ぶりに上映されるということなので、かなり以前に書いた文章を発掘しました。すでに手元にもファイルがなかったので、Internet Archive の助けを借りてサルベージしました。

 この短文の批評は2002年に boid.net(旧サイト時代)に掲載された「ベルリン映画祭報告」の一部で、ちょうどベルリン留学中だった私は、フォーラム部門に出品されたこの作品の上映に駆けつけたのでした。そして1回見ただけの印象を頼りに深夜一気に書き下ろして、樋口さんにメールした記憶があります。
 なにしろ一度見てすぐに一息で書いた文章なので色々とアラもありますが、この作品の不思議な魅力には多少なりとも迫れていると思います。作品の観賞に資するところがあれば幸いです。

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3月 192018
 

大阪大学美学研究室が出している雑誌『a+a 美学研究』(第12号)に論文を寄稿しました。本号の『a+a 美学研究』では、「シアトロクラシー 観客の美学と政治学」という標題のもと、思想、演劇、オペラ、映画、アートにおける観客の問題を考察する刺激的な論考が集められています。

「観客の支配」を意味する「シアトロクラシー」(テアトロクラティア)という言葉は、もともと古代ギリシアの歌舞において、古くから伝承された決まりが守られるべきか、それとも観客大衆の楽しみを優先して新たな実験がなされるべきかという争いのなかで生まれた。哲学者プラトンは、歌舞における伝統の否定としての「シアトロクラシー」から、政治における権威の否定としての「デモクラシー」が生まれたと論じている。つまり「シアトロクラシー」とは「観客」という集合的存在を通じて芸術と政治とを架橋する概念であり、近代において、ルソー、ニーチェ、ベンヤミンらのテクストのなかで潜在的・顕在的に重要な役割を果たし、現代の哲学者たちによってあらためて注目されている。はたして「観客」であるということは、幻影に惑わされ無力化されることを意味するのか、それとも「観客」であることのうちには自由へのポテンシャルが含まれるのか、ということがこの言葉によって問われている。(

a+a12私の論文(「大衆をほぐす」− シアトロクラシーと映画(館))では、従来、演劇との関係で議論されることの多かったシアトロクラシーの問いを、映画(館)とその観客をめぐる考察に導入することが試みられています。クリストフ・メンケによるシアトロクラシーと(政治の)美学化をめぐる議論を確認したのち、ユリアーネ・レーベンティッシュが提起した「美学化批判の批判」あるいは「シアトロクラシーの批判的擁護」を取り上げ、その議論に含まれる観客の概念を明確化します。そのうえで、本論では、ヴァルター・ベンヤミンとミリアム・ハンセンによる映画館とその観客の考察を検討することで、映画の観客に備わる政治的ポテンシャルについて考えています。

目次はこちら

この雑誌は一般書店で販売されています(たとえば、紀伊国屋書店)ので、お手にとっていただけると幸いです。