【イベント開催】映画と人形浄瑠璃が出会う場所@出町座
来たる1月24日(土曜日)に出町座でブックイベントをすることになりました。拙著『人形浄瑠璃の「近代」が始まったころ 観客からのアプローチ』が第35回吉田秀和賞を受賞したのを記念して、人形浄瑠璃と映画の出会いについて私が考えていることをご紹介する機会を作っていただきました。 映画と… Read More »【イベント開催】映画と人形浄瑠璃が出会う場所@出町座
来たる1月24日(土曜日)に出町座でブックイベントをすることになりました。拙著『人形浄瑠璃の「近代」が始まったころ 観客からのアプローチ』が第35回吉田秀和賞を受賞したのを記念して、人形浄瑠璃と映画の出会いについて私が考えていることをご紹介する機会を作っていただきました。 映画と… Read More »【イベント開催】映画と人形浄瑠璃が出会う場所@出町座
授業で使用する教材として日本語に訳した文章を公開します。今回訳出したのは、クリス・パラント著『ディズニーを脱神話化する』の第3章「ディズニー・フォーマリズム」です。『白雪姫』、『ピノキオ』、『ダンボ』、『バンビ』の4作品で確立されたディズニー・アニメーションのスタイル(ハイパーリアリズム)の特徴が、「ディズニー・フォーマリズム」という概念のもと、具体的に論じられています。
いくつか書いておきたいことがあったのに、諸々の雑事にかかずらっているうちに、あっという間に年度末になってしまった。すでに完全に時機を逸しているとはいえ、書かないままにしておくのも気持ちが悪いし、すぐに古びる作品でもないと思うので『ナミビアの砂漠』についてメモしておきたい。 私が最… Read More »『ナミビアの砂漠』のフレーム
事後報告になってしまいましたが、新年早々1月4日に出町座で前田多美監督とお話ししました。『KYロック!』は、前作同様、広島の街を舞台にしたミュージシャンの物語ですが、加藤雅也さんや大塚寧々さんといった経験豊富なプロの俳優陣を迎え、前作とは異なる新たなチャレンジを行っています。前田監督が実践する自主映画の戦い方はもっと注目されていいと思います。
12月22日(日曜日)に京都大学西部講堂で開催される宇宙映画上映会 Vol. 4 にて、松村浩行監督の作品が特集上映されます。私は松村監督とトークをする予定です。入場無料ですので、ぜひご来場ください!
先日の出町座でのトークでも少し話したけれど、黒沢清監督の近年の作品は、あからさまな「反復」の印のもとにある。蒼井優に始まり(『贖罪』第一話、2011年)蒼井優で終った(『スパイの妻』、2020年)10年間の黒沢作品が、一見、じつに多彩で自己反復を拒否するかにみえながら、ときに抑え… Read More »2024年版『蛇の道』雑感黒沢作品の現在についてのメモ
黒沢清監督作品(『CURE』、『Chime』、『Cloud クラウド』)が連続上映されるのに合わせて、出町座でトークを行うことになりました。まだ準備をしているところなのでどうなるかはわかりませんが、『モダンラブ・東京』とともに顕在化したようにみえる新たなサイクルの行方を注視すると同時に、一見、多彩に展開したようにみえる2010年代の黒沢作品についても再考する機会になりそうです。
和泉書院から書籍を刊行しました。大正末期から昭和十年代にいたる人形浄瑠璃の歩みを観客史の観点から論じた著作です。タイトルが示す通り、演者や興行主ではなく、劇場で舞台を楽しんでいた観客たちの経験に注目して、人形浄瑠璃の「近代」の始まりを描き出しています。古典芸能を愛する人だけでなく、古典芸能なるものに違和感(胡散臭さ)を感じている人にとっても面白く読める本になっていると思います。内容を簡単に紹介します。
前回のポストからあっという間に一年以上経ってしまった・・・。去年の5月からのおよそ1年間は、本を書く作業に注力していた。テーマは人形浄瑠璃の観客史で、昭和初年の大阪に登場した新しい観客たちに注目することで人形浄瑠璃の「近代」に新たな角度から光を当てることを試みている。傍目からは… Read More »新しい始まりの予感
『違国日記』
すでに5月。2月くらいからここまで猛烈に忙しい。頭はフルに使っているのでまったく退屈することはないけれども、映画について書く時間がなかなか取れない。とはいえ、あんまりなにもしないでいると批評の運動神経が鈍るので、三日前に見た三宅唱監督の作品について簡単に書いてみよう。 三宅監督が… Read More »若くあることと老いていること 三宅監督の『1999』についてのメモ
昨年3月に逝去した青山真治監督の人生と仕事を、監督本人と監督の人生と関わりのあった人々の言葉で再構成した書籍が出版されました。まだ全部読み通したわけではないですが、この本、本当にすごいです。映画本の傑作だと思います。この本のページをめくりながら様々な人々の言葉に触れていると、いつしか「青山真治」という固有名はひとりの実在した人間の身体に帰属することをやめ、多くの人々の思考と行動が形作るひとつの動的な布置、ひとつの星座であるかのように思えてきます。そしてこの星座は大きな星をひとつ失ったあとにも、監督の作品を見て、その言葉を読み続ける人がいるかぎり、また監督と作品に関わった人々のあいだの繋がりが続いていくかぎり、これからも形を変えながら存在し続けるのでしょう。
三宅唱監督の『ケイコ 目を澄ませて』(2022年)が音の映画であることはすでに各所で論じられているし、監督自身も音の重要性について語っているけれども、この映画の「音声」において、「音」と「声」が対極的とも言える機能を担っていることは、あまり語られていないように思う。私が映画館(い… Read More »隔てる音と架橋する声 / 『ケイコ 目を澄ませて』