『一方通行路』解題

『一方通行路』は都市の街路についてのテクストではなく、街路としてのテクストである。KAWADE道の手帖シリーズの一冊『ベンヤミン 救済とアクチュアリティ』(河出書房新社、2006年)に収録された作品解題。ただし、掲載された文章とは一部内容が異なります。

Ou bien ? アラン・レネのための10章

1990年代後半、アルノー・デプレシャンを筆頭とするフランスの若手監督たちの作品の批評的な参照点として、突如アラン・レネのフィルム群が(再)浮上した。彼のフィルムのどこに現在の映画作りを挑発する力が秘められているのだろうか? レネのフィルムの可能性をめぐる試論。初出は『カイエ・デュ・シネマ・ジャポン』24号、勁草書房、1998年。

Dowser 精密で野蛮な音楽機械:長嶌寛幸インタビュー

石井聰互の『エンジェル・ダスト』、青山真治の『名前のない森』など映画の分野でも優れた仕事を続ける音楽家、自称「デスクトップ・パンカー」長嶌寛幸への1998年のインタビューです。この記事ではソロプロジェクトとして紹介されていますが、 Dowser は、現在、三人のユニットとして活動しています。

『EM EMBALMING』

青山真治監督のサイコスリラーは映画についての考察であり、同時に『EUREKA』に直接つながる重要な実験でもあった。あまり論じられることのない青山作品についての批評的エッセイです。『路地へ』と『カオスの縁』にも触れています。初出は2001年です。

Die “deutsche” Rationalisierungsbewegung und der “Amerikanismus”.
Zum Amerika-Diskurs der 20er Jahre in der Weimarer Republik.

Eine Untersuchung über den Amerikanisierungsdiskurs und den Umwandlungsprozess des Amerika-Bildes im Zusammenhang mit der Diskussion über die Rationalisierung der deutschen Wirtschaft in der Weimarer Republik . (In: Neue Beiträge zur Germanistik, Band 5, Heft 1, 2006, Indicium Verlag, München.)

モデルニテからモデルネへ 
-ベンヤミンによるボードレール-

ヴァルター・ベンヤミンのボードレール論『ボードレールにおける第二帝政期のパリ』の第三章(「モデルネ」)の分析を手がかりに、ベンヤミンによる「モデルニテ」(ボードレール)解釈がもつ批評的な意味を考察しています。『ドイツ文学』105号(日本独文学会編、郁文堂、2000年)に掲載。

テレポリスの五年間 / アルミーン・メドシュ+フローリアン・レツァー

ドイツのウェブ・マガジン『テレポリス』(Telepolis)の創刊5周年(2001年3月)を機に同誌に掲載された創設者によるテクストの翻訳です。インターネット普及の最初の5年間(1995-2000年)に起こった変容と5年目の現状の多面的な考察がなされています。boid に掲載された翻訳(2001年4月)の改訂版です。